計画はまだほんの序盤だった。徐々に税金を増やし、農作物の流通を抑え、作為的に飢饉を起こす。その時、王家の贅沢ぶりを世に示すつもりだった。王家が民を裏切ったと、民を見捨てたのだと打ち明け、民意を意のままにする。自分こそがこの国の救世主なのだと、搾取を続ける王家を断罪しようと、公爵が声高々に呼び掛ければ、誰がトップに立つかは明らかだった。

(ミラノ侯爵が計画を洩らしたとしても、白を切ればいいだけだ。私が裏で手を引いている証拠など、このうつけ者が手にするはずがない……!)

 公爵はその思考回路の中で自信を取り戻し、イヴァンに微笑んだ。

「さあ、殿下。おっしゃってください。もし証拠もなくそのようなことを申し上げているのであれば、いくら殿下とはいえど虚偽の申告で……」

 すると、イヴァンが近衛兵から箱を受け取ったかと思うと、その蓋を開けて中に入っていた大量の手紙を床に勢いよく撒き散らした。

「一体何を……!」

「この手紙に見覚えはないか?」

 イヴァンがにやりと笑うと同時に、公爵の顔から笑顔が消えた。

「証拠ならここにたんまりとある。これでも足りないというのか?」

(どうして侯爵との手紙がここにあるんだ!?書斎の金庫にしまっていたはずだ、それなのになぜこいつが……!)

 額に脂汗を滲ませた公爵は、イヴァンのそばに立つシルビアを見て、ハッとした。

「お前か!お前だな!!」

 シルビアにつかみかかろうとする公爵に、イヴァンが剣を向ける。

「彼女に近寄るな。無礼だ」

 ギリリと歯軋りをし、こちらを睨む父を見て、シルビアは耐えきれず目を逸らした。

「シャーノン公爵を捕えろ」

 イヴァンの一言で、近衛兵たちが公爵を押さえつけ、外へ引き連れていった。
 最後に見た父の血走った目には、娘の裏切りに対する懐疑と憎悪が混じっていた。

「シルビア!お前をここまで育ててやった父親を裏切る気か!」

「……」

「聞いているのか!お前は一人じゃ何もできないんだぞ!俺がいなくなれば、お前も終わりなんだ!」

 「……」

「俺から離れても、また利用されるだけだ!お前はいつまでも操り人形のままなんだよ!」

 廊下から響く公爵の叫び声が、シルビアの中でこだまする。
 ぎゅっと拳を握ると、イヴァンがシルビアの耳を塞ぐように、ぎゅっと抱き寄せた。

「殿下、何を……」

「あんな悪魔の叫びは聞かなくてもいい」

「……」

「俺だけに耳をすませるんだ」

 耳元でイヴァンの規則正しい心音聞こえる。その音に集中していると、父の言葉が徐々に薄く消えていった。