「私の妻に何をするつもりですか、シャーノン公爵」

 その凜とした声に、シルビアがそっと目を開けると、イヴァンが公爵の腕を掴んでいた。
 見たこともないような恐ろしい顔で公爵を睨みつけるイヴァンは、シルビアが知るイヴァンとはどこか違って見えた。

 公爵は手を下ろし、とってつけたような笑みを浮かべ、イヴァンに頭を下げた。

「これはこれはイヴァン殿下、お見苦しいものをお見せして申し訳ございません。ふつつかな娘ですので、しつけをしておりました」

「王太子妃となるシルビアにしつけ、ですか?」

「言葉を選ばず言えば、シルビアは殿下の妻であるより前に、私の娘です。まだ結婚式も挙げていないのですから、娘を教育するのは私の仕事です」

 物言いは丁寧だったが、公爵の笑みには、イヴァンに対する侮蔑の色が浮かんでいた。
 
 「お前ごときが俺に指図するな」
 
 そう遠回しに言っているのが、イヴァンにもきっと伝わっている。
 そう思い、イヴァンの顔をちらと見ると、彼は愉快そうに笑っていた。そして、うやうやしく頭を下げる公爵を見下ろし、言い放った。

「なら、こちらも言葉を選ばずに言おうか。反逆者であるお前が、彼女の前に立つ権利はない」

 公爵は勢いよく顔を上げ、大きな身振りで否定した。

「な、何をおっしゃるのですか!私は王国に逆らう気など……」

「連れてこい!」

 イヴァンが声を張り上げると、廊下から近衛兵たちが入ってきた。そして、その中には近衛兵たちに囲まれ、青ざめた顔で項垂れる、ミラノ侯爵がいた。
 公爵はその姿を見て途端に黙り込んだ。
 
 ミラノ侯爵は、現国王の側近であり、彼の発言は国の重要政策会議でも一目置かれている。そのせいで、思い上がってしまったのだろう。国を牛耳っているのは国王ではなく、この私だ。私こそが国のトップに立つにふさわしい、と。そんな心驕りにより、公爵の無謀な謀反計画に足を突っ込むことになったというわけだ。

「公爵。なぜミラノ侯爵が捕えられているのかわかるか」

 声色が変わったイヴァンに、公爵は少なからずたじろいでいた。

「いえ、私にはなんのことかわかりかねますが……」

「公爵!」

 目をそらす公爵に、ミラノ侯爵は悲鳴のような叫び声をあげた。

「お前はここにいるミラノ侯爵と共に、謀反を企んでいた。違うか?」

「殿下、言いがかりはよしてください!大体、どこに証拠があるっていうんです?」

 公爵の顔には焦りが見えたが、まだ全てを投げ捨てる時ではなかった。