***

 その日の夜、夢を見た。
 シルビアが二学年に進級した年、父、シャーノン公爵がアカデミーに訪れた時のことだ。
 普段は無関心な公爵も、表向きは娘との関係は良好だと示す必要があった。生徒や教授たちの前では、シルヴィアの肩をだき、愛おしそうに微笑みかけ、甘ったるい言葉を浴びせた。
 しかし、中庭に出て二人きりになった途端、公爵の顔の温度はみるみるうちに下がった。
 シルビアの先を行く公爵が振り返り、氷のように冷たい視線をシルヴィアに向けると、刺々しく言った。

「シルビア。お前をアカデミーに入れたのはなぜだかわかるか」

「勉学に励むためです」

 シルビアがなんの躊躇いもなくそう言うと、公爵はため息をつき、二人を囲うように咲いているつるバラの赤い花を引きちぎった。

「お前は誰が見ても美しい、この王国で一際輝く赤い薔薇だ。誰もが欲しがるその薔薇は、私が育て上げ、今もなお私の手の中にある。この薔薇を手にいれるために、人々はいろいろなものを私に与えようとするのだ。中には自分の命を差し出そうとする者もいるだろう」

「……一体何をおっしゃりたいのでしょうか」

 シルビアの顔を、公爵の冷たい目が刺すように見つめた。

「シルビア、お前には絶大な価値がある。だが、それはお前のものじゃない。お前が自由に使えるものでもない。必要なものを手に入れるときの、切り札としてお前を大切にとっておいたんだ」

「必要なもの、ですか」

「必要なもの、つまり、絶対的な権力だ。民を従え、国を支配し、王族までもが私にひれ伏す。そんな未来がもうすぐ来る」

 公爵は悦に入るように空を仰ぎ、両手をめいいっぱい広げ、息を思い切り吸い込んだ。
 そして、息を吐き切ったあと、遠くを見るような顔で言い放った。

「それなのに、お前はなぜイヴァン・ザカルトと親しくしているんだ」

「……!」

 突然父の口から出た"イヴァン・ザカルト"という言葉に、エレノアは胃液が喉までせり上がってくるのを感じた。
 イヴァンと会っていたのは学園内のみであり、授業も人気のない場所を選んでいた。まさか父親に知られているとは思わなかったのだ。
 
「アカデミー内でのお前の行動はすべて把握している。私に隠し事など不可能だ」

 そう言うと、公爵はシルビアの顎を持ち、まじまじとその美しい顔を眺めた。

「第一王子とはいえ、あの方が王太子になることはないだろう。無能で威厳もなければ、この国のトップに立てはしないうつけ者だ。それなのに、なぜお前があの方と共にいる?」

「学業を……手伝ってほしいと頼まれたのです。うつけ者でも彼は王族です。逆らえば、どんな罰が下るかわかりません」

「学業を手伝うだと?それはお前のやることでない、教師の仕事だろう」

 最もな父親の言葉に、シルビアは閉口した。

「うつけの相手はほどほどにしろ。お前が今できることは、有力な貴族の子息たちとの関係を良好に保つこと。王太子となる第二王子に見初められることだ」
 
「……はい」

「これ以上私を失望させるな」

 公爵はそう言い残し、その場を立ち去った。