イヴァンがシルヴィアの手を握り、悲鳴に近い声を出した。
 昔から大袈裟な男だ。こんなのかすり傷のうちにも入らないのに、とシルビアは眉を顰めた。

「大したことはありません」

「この暴力猫め……!」

 元は暴君と呼ばれていた者が発する言葉とは到底思えなかった。
 猫の首根っこを掴もうと手を伸ばすイヴァンを制し、シルヴィアはそっとしゃがみ込んだ。

「もしかすると、この子たちは兄弟かもしれません。私が危害を加えようとしていると思い、身を挺して守ったのでしょう」

 じっと子猫を見ると、シルビアを睨みつけながらも一歩一歩後退りし始めた。よく見ると、小さな足もガクガクと震えている。やはり、自分よりも何倍も大きい相手に怯えているのだ。それでも敵意剥き出しの目に、シルビアはふっと息を吐くように笑った。

「その子猫を飼うのか?」

 すると、突然イヴァンがそう言った。

「この子猫を?なぜですか?」

「気に入ったんだろう。今日は俺たちが飼う猫を見に来たんだ。この中からお前が好きなものを選べばいい」

 その言葉で、ようやく今日の目的が理解できた。イヴァンは自分の機嫌を取るために、こんなにもたくさんの子猫を集めたのだ。それも不思議なことにペルシャ猫だけを。

「聞きたいことはやまほどありますが……どうして同じ種類の猫ばかりなのですが?」

「昔、飼っていたペルシャ猫が死んだと言っていただろう」

 確かに話したかもしれないと、かすかに残る記憶を辿る。

「お前があまりにも悲しそうだったから、同じ猫を用意したんだ。これだけいれば、寂しくないだろ?」

「私が悲しそうだった……?」

 家で飼っていたペルシャ猫が死んだのは事実だ。しかし、悲しんだ覚えはない。
 死んだ猫は、父の愛人が可愛がっていた猫だった。動物嫌いの父にねだり、美しい毛並みの猫を手に入れた彼女は、それと同時に公爵夫人の座も手に入れた。幼い頃に母親を亡くしていたシルビアは、新しくできた美しい母に喜んだが、彼女は突然できた娘を目障りだと罵り、時には腰が立たなくなるほどの暴力も振るった。
 そんな女が可愛がっていた猫だ。どうして悲しむことがあるだろうか。

「殿下、それは誤解です」

 そう言うと、イヴァンが首を傾げた。

「私が猫好きだというのも、猫が死んで悲しそうにしていたのも、殿下の勘違いです。ですので、この子猫たちを飼う必要はありません。放してあげてください」

「なら、お前が欲しいものはなんだ。言ってみろ」

「何もありません、殿下。何ももらわずとも、私が殿下に逆らうことは、決してありませんのでご安心ください」

「なんだと……?」