「うわ。広いな。」
受験もなんとか終わり、今日は事務所へと顔合わせに来ていた。
色々と手続きをしている間に、日がすぎてしまった。
芸名は『カイ』になるらしく、私は今日から可愛い系路線のカイくんになるそうだ。
雰囲気に負けじとお洒落をしてきたのだが、イマイチ男性物のお洒落が理解出来ずにいた。
「あ、舞香くん!」

名前を呼ばれ振り向くと、そこにはカラシさんがいた。
「カラシさん!」
咄嗟に駆け寄っていくと、カラシさんは照れたような顔をした。
「改めて、カラシってなんか落ち着かないな。」
久しくカラシという名から離れていたせいか、新鮮に感じたのかカラシさんは落ち着かない様子だった。

2人並んで事務所に入ることにする。どうやら、カラシさんも合格だったそうだ。
「そういえば、舞香くんの芸名は何になったの?」
ふとカラシさんに聞かれた質問で、わたしもカラシさんの芸名が気になってきた。

「僕は『カイ』って名前です。カラシさんこそなんて名前なんですか?」
私が聞くと、カラシさんはニヤニヤしながら答えた。
「実はね、ソラノになったんだよ。意外でしょ。」
カラシからソラノという名前がしっくり来なくて、首を傾げる。
「あの空野さんと同じ名前だよ!?ヤバくない!?」
カラシさんがギャーギャーと騒ぐ。空野とは、カラシさんが好きな動画配信者の名前らしい。
「多分、カラとソラって同じ漢字だからかな。」
カラシさん、もといソラノさんが考察をする。シはどこへ行ったのか、そしてノはどこから来たのか。そんな無理矢理な名前になるのならば、いっそワサビでも良かった気はするが。
というか、本当にカラシで参加したんだ。

「あ、ここらしいよ。」
しばらく長い廊下を歩き続けていると、目の前の扉の前でカラシさんが停まった。
扉には『フォーム様』と書かれている札が貼ってあった。
「緊張するねー」
全く緊張していなさそうにカラシさんが言う。その穏やかな口調と反対に、私はカチコチだった。
「虐められないよね、、、?」
「はは。何考えてんの。早く行こう。」
容赦なくカラシさんが扉を開ける。
ギィっと耳障りな音が響き渡り、中の部屋が見える。
中には、整った顔立ちをした3人が居た。

「あ、君らもフォームのメンバー?よろー」
金髪の16くらいの男の子が言う。同い年だろうか。少しチャラそうだが、案外そうでは無いのかもしれない。
「これで全員かな?仲良くしよーねー。」
白寄りの水色の髪をした男の子が言う。多分、黒の方が似合うだろう。
「足引っ張んじゃねえぞ。」
目を釣りあげて、印象の悪い言葉を放つ彼はこの中で1番歳が行っていそうだった。18ぐらいだろうか。

「こちらも宜しく。」
カラシさんが軽く頭を下げるのに続いて私も頭を下げる。
3人に顔を向けるが、女だとはバレていないようだ。

「ねえねえ。君も可愛い系?ライバルだね。」
水色の髪の子が来る。ホワホワとした空気を纏っていて可愛らしい。
少し身長は私よりも低いくらいだ。
というか、私は今のところ一言も喋っていないのだが、よくわかったな。同種の気配でもしたのだろうか。
ライバルという言葉に萎縮していると、彼が慌てた様子で手を体の前で振った。
「ああ。別に敵対視してる訳じゃないから。ジョーダンジョーダン。仲良くしよーね。僕はサクラ。君は?」
嫌われてはいないそうで、ホッとしながら返事を返す。
「僕はカイ。宜しく。」
やんわりとした握手を交わす。この子とは仲良くなれそうだ。
カラシさんの方を見ると、金髪君と話していた。楽しそうでなによりだ。
不安なことはいくつかあるが、楽しんでグループ活動が出来そうだ。
安堵しながら、窓の外の景色を眺めた。