9月22日 PM5:00  

 ネット・スターの悲劇〜瓦木亜矢(かわらぎあや)の場合〜

「ちょうど良い機会だから、言おうと思うけど……ごめんね、亜矢ちゃん。君とは、もう付き合えないんだ」

 晴天の霹靂(へきれき)、という言葉を漢文の授業で習った気がするけれど、それは、まさにこういうことを言うのだろうか?

 同世代を中心に、多くのファンを持つ彼の部屋を訪れると、見慣れたソファーには、()()()()()()()()()()()()歌い手として人気が出始めた()()()()()と、見知らぬ女子が座っていた。
 わたし達と同じ年頃に見える彼女は、なぜか、得意げな笑みを浮かべながら、こちらに視線を送ってきている。

 交際を公言している相手の部屋に、自分の知らない女子が居座っている上に、唐突に告げられたのが、さっきの言葉だ。
 わたしでなくても、誰だって、混乱するだろう。
 
「えっ……待って! ちょっと、意味がわからないんだけど……ハルカ君、どういうこと? ナミ、リコ、なにか知ってる?」

 一緒について来てくれた友人の二人に、話しを振ってみるものの、ナミは首を横に振るばかりだし、スマホでライブ配信の撮影係を担当してくれているリコに至っては、顔が青ざめ、わたしの言葉が届いているのかすらもわからない。
 それでも、

(こんな場面(シチュエーション)、どこかで見たことあるな〜)

と、この状況を、まだ冷静に観察できている自分がいた。

(そうだ、WEB小説の《異世界恋愛》ってジャンルだっけ? 物語の冒頭で、主人公が頭のデキが残念な王子や貴族に婚約破棄されるお話し……ちょっと前に、ナミが、『スマホでも読めるよ』って教えてくれたやつ)
 
 そんな風に、取り留めのないことを考えているしばらくの間、沈黙が続いたあと、この部屋の中で、わたしが唯一、面識のない女子が口を開いた。

「この状況で、まだ、わかんないですか? なら、わたしが、()()()に教えてあげます。ハルカ君は、()()()()()()()()()()()()()()()()、もう、()()()()()()()()()()()()()()って、言ってるんですよ」

 見知らぬ彼女が、どうして、わたしがSNSで名乗っている名前を知っているのか――――――?

 まあ、それは、《ミンスタグラム》で九十万人以上のフォロワーを持つ瓦木亜矢(かわらぎあや)なら、不思議なことではないけれど……。
 いまは、そんなことは、どうでもイイ。

「ハァ!? あなたには聞いてないんですけど? わたしは、()()と話してるの! ハルカ君! このコは、いったいナンなの!?」

 ついさっきまで、自慢の彼氏だと思っていた、二歳年上の鳴尾はるか君に問いただす。

「彼女は、山口カリンちゃん。ボクのファンで、ずっと、熱心にメッセージをくれていたんだ」

 なるべく冷静に、状況の説明を求めるわたしに、彼は、気まずそうな表情で言葉を続ける。

「その……決して亜矢ちゃんに悪いところがあったとか、そういうわけじゃなくて……これは、ボクのワガママでしかないんだけど……ボクは、()()()()を見つけたんだ――――――」

 本当の愛――――――?
 
 わたしの聞き違いでなければ、たしかに、そんなふうに聞こえた。
 歌い手の彼らしく詩的な表現を選んだのかも知れないが――――――。

 客観的に聞けば、思わず吹き出してしまいそうになるけど、これまでの関係を否定された自分自身の主観でいわ、とうてい聞き捨てならないフレーズに、思わず息がつまりそうになり、呼吸は乱れ、心拍数が上がっていることが実感できる。

「ハッ!? 本当の愛? わたしとの関係では、ハルカ君の言う()()()()は、見つからなかった、ってこと?」

 一瞬、考えるように目を閉じたあと、彼はゆっくりと首をタテに振った。
 言葉を発することのないまま返された、その答えに、それまで、なんとか平静を保っていた自分自身の気持ちの糸が、プツリと切れるのがわかった。

「そんな説明で納得できるか! ふざけんな!!」

 気がつくと、声を張り上げたわたしは、誕生日前日のサプライズプレゼントとして、常に()()()()()()()()()()()()()歌い手の彼のために用意してきた手作りのはちみつ柚子キャンディーを、彼と、カリンとか言う調子に乗った忌々(いまいま)しいク○女に投げつける。
 丁寧に個包装したキャンディーを掴んでは投げるという行為を繰り返しながら、少しだけ冷静になった頭の中に、ふと、

(そう言えば、ナミに教えてもらった異世界恋愛の主人公たちは、婚約破棄を告げられても、冷静にその場を後にすることが多かった気がするけど……どうして、彼女たちは、こんな状況で、あんなにも落ち着いていられるんだろう?)
 
という疑問が浮かんだ。
 そうして、煎った豆を鬼に浴びせる真冬の行事のように、二十粒以上あった手作りキャンディーを投げ終えたわたしに、表情をこわばらせながら、ナミは、おそるおそる告げる。
 
「あ、亜矢……気持ちはわかるけど……いま、ライブ配信中……」

 その一言に、我に返ったわたしは、青ざめた表情のままのリコが手にしているスマホに目を向けた。
 
 親友のリコが手にしているスマホカメラでは、彼の部屋に入る直前からライブ配信が始まっていて、その録画停止ボタンは、まだ押されていなかった――――――。