Googleカレンダーには、会議を行っている今日、9月27日から、三日月祭(みかづきさい)の最終日である11月5日までの四十日間のスケジュールを書き込んでいる。
 わたしは、この四十日を四つのフェーズに分けて、それぞれの期間中に行うことを明確に記載した。

 第1フェーズ:スキンケアおよび眉の手入れ (9月27日〜10月3日)
 第2フェーズ:ヘアスタイルの選定     (10月4日〜10月10日)
 第3フェーズ:ファッションスタイルの確立 (10月11日〜10月21日)
 第4フェーズ:ボイトレおよび宣伝活動期間 (10月22日〜11月4日)

 これら四つの内容について、画像を交えたスライドを使いながら、映文研メンバーと、ふたりの友人に向けて、自分が考えたプランのプレゼンテーションを行うと、男子からは、

「はえ〜」

という、感心したような、気の抜けたような、なんとも言えない感嘆の声が漏れた。

「なるほど……こうして、具体的なスケジュールに落とし込むと、不可能ではない気もしてきたな」

 副部長が、つぶやくように語る。
 独り言のようなその言葉に反応して、わたしは、説明を付け足す。

「四十日といえば、夏休みと同じくらいの期間だからね! 長くはないけど、イメチェンをするには、十分な期間だよ? みんなも、女子が夏休みの間に、急にオトナな雰囲気になったのを見たことはあるでしょ?」

 自分としては、十分に説得力を持った事例をあげたつもりだったんだけど、映文研のメンバーは、お互いに顔を見合わせるばかりだった。
 そのようすを眺めていたナミが、
 
「アヤ〜、ここの連中にそんなこと言っても理解(わか)るワケないじゃん」

と、苦笑しながら見解を述べる。彼女らしい、歯に衣を着せない発言だが、こればかりは、ナミの言うとおりだ。
 オブザーバーとして参加している女子生徒の言葉に、彼らは

「いや〜……」
「アハハ」

と、バツの悪そうな表情で、再びお互いの表情を見合っているが、そのようすには、軽いめまいを覚えながら、小言を漏らさざるを得ない。

「あなたたちに必要なのは、まず、周りのヒトに関心を持つことね……」

 ため息をつきながら言うと、ここまで、ほとんど口を開かなかった人物が、反論してきた。

「いや……周りにばかり気を配って生活するのは、息苦しいだろ?」

 クラブの代表者の言葉に、映文研のメンバーは、無言で一斉に、うんうんとうなずいている。
 そんな彼らのようすを眺めながら、
 
「深津くん……わたしは、別に過度に空気を読んで、クラスや学校の雰囲気に合わせよう、って言ってるわけじゃないよ? ただ、周りのヒトが、普段どんなことを言っているのか、どんな風に雰囲気が変わったのかを意識するだけで、わかることや見えてくるモノもあると思うんだ」

映像研の部長の発言に返答したが、彼は、さして関心のないようすで、

「ふ〜ん……そんなモノかねぇ……」

そう、つぶやくだけだった。
 彼の気だるげな発言で、会議の進行とともに、視聴覚室の空気が、ドンヨリと少し重たいモノになる。
 すると、その雰囲気を察したのか、これまで会議のようすを黙って見ていたリコが、おずおずと、小さく手を上げて、

「あ、あのね、亜矢……最初は、深津くんにスキンケアをしてもらうってことだけど……男子用のケア用品って、どうするの? 女性用のモノなら、私たちも少し分けてあげられるけど……」

と、たずねてきた。
 わたしの親友の言葉に、当事者の深津くんも同調する。

「そ、そうだ……スキンケアや眉を整えるってことは、乳液だか化粧水だかの他にも、眉のカット用の道具も揃えなきゃならないんだよな? オレの小遣いで、瓦木(かわらぎ)さんの指定するモノを買い揃えられるか、わからないぞ?」

 彼の言葉には、メンバーの心に響いたのか、彼らは一様に、部長を心配するような、あるいは同情するような表情が浮かんでいた。
 そんな彼らの不安がなくなるように、わたしは、なるべく明るい声で答える。

「そこは、心配しないで! リコには、何度か話してきたけど……これまで、SNSで情報発信を続けてきたおかげで、我が家には、男性用の化粧品メーカーからも、『ぜひ、当社の製品を使ってください』っていういただきものの試供品がたくさんあるから! 洗顔フォームに、化粧水、男性用の乳液から、眉毛カッターまで、顔のパーツを整えるモノなら、ひと通りあると思うよ! 手元の商品が、どうしても、深津くんの肌質に合わないなら、女性用のモノを使っても良いし……」

 そこまで答えると、映文研の部長さんは、

「わかった、わかった……美容製品に関しては、瓦木さんにお世話になることにするよ……」

と、少し渋い表情ながらも、納得してくれたようだ。

「そう言ってもらえると、わたしも、アドバイスしやすくて、助かる! カレンダーのスケジュールは、みんなで共有したいから、アカウントを教えてくれない?」
 
 わたしは、そう言って、学校から支給されている生徒用のGoogleアカウントの通知を映文研のメンバーにお願いする。
 こうして、深津寿太郎(ふかつじゅたろう)改造計画の企画会議は、おおむね順調にスタートを切った。

 室内にいるメンバーのようすをうかがうと、ナミと高須副部長のふたりは、

(これは、ナニか面白そうなことが起きそうだ……)

と、考えているのか、それぞれに不敵な笑みを浮かべている。
 映文研の下級生メンバーは、戸惑いながらも、活動の内容が明確になったことで、この企画への期待が高まっているのか、楽しげな表情に見える。
 
 リコに視線を送ると、彼女は、「良かったね、亜矢」と、はにかんだように微笑んでいる。その瞬間に確信した。さっきのリコのスキンケア用品に関する発言は、会議をスムーズに進めるために、あえて、自分がわかっていることをたずねたのだろう。
 おかげで、一瞬、滞りかけた話し合いが円滑に進んだ。
 そんな、彼女のいつもと変わらない気づかいに感謝する。
 
 そして――――――。

 今回の企画の主役であるハズの映像文化研究会の部長くんに目を向けると、彼は、少し、かげのある表情で、何かを考え込んでいるようすだった。