私はドーナの複雑そうな表情と父であるザッハルトが私を執務室へ呼んだ意図をすぐに理解すると、思わずため息を吐いた。


「はぁあ……。この間の、どっかの伯爵のご令息を剣で負かしたことについてね」

「おそらくはそうかと。ちなみにお嬢様が負かした婚約者候補の方の数は百を優に超えております」

「あら、そう。いつからこのフォレストフィールド王国の男たちは女に剣で負けるようになったのかしら」

「お言葉ですが、お嬢様が強すぎるのでございます。さすがは『鉄の守り神』と謳われるザッハルト様のご息女様ですわ」

私はベッド脇に置いている愛用の剣に視線を移した。

「お父様と剣の稽古なら大喜びで行くのに。執務室で稽古はないわね」

「ですね……。ザッハルト様はこのままではお嬢様が婚期を逃すのではといつも気を揉んでいらっしゃるようですので」

「結婚なんて興味ないわ、それに家庭に入れば犯人探しもできなくなるもの」

私はベッドから立ち上がるとうんと伸びをして窓辺から差し込む光に目を細めた。

「今日はいい天気ね。お父様の話が終わったら、どこか出かけたいわ」

「午後からでも宜しいでしょうか? それまでに仕事を全て終わらせますので」

「勿論よ。久しぶりに市場に行きたいわ」

「承知致しました、市場でござ……」

私の言葉にドーナはハッとした顔をすると不満げに眉を顰めた。

「ドーナ? どうしたの?」

「市場といえば……先週買い出しの際にリリーお嬢様のことを熊のように野蛮な令嬢だと揶揄する輩がいらしゃって、わたくし腹が立って」

「熊っ?!」

私は目を丸くすると思わずクスっと笑った。


「ちょうどいいわ、熊みたいにたくましく凶暴な女だとうわさが立てば誰も嫁に欲しいなんて言わないもの」

そして久しぶりに聞いた熊という言葉に私はいつしか出会った初恋の男の子を思い出す。

十年前、母のことで傷ついた私が田舎の別荘に滞在してとき、たった一度だけ出会った男の子。金色の髪に透き通った海のように美しい碧い瞳をもつ男の子だった。

(もう顔も名前も思い出せないけれど……)