到底、私は何が起こったのか理解できない。

まるで金縛りにあったかのように声を出すことも身体を動かすこともできない中で、私はただ返り血を浴びた男と床に倒れた母の姿をただ目を見開いて見ていた。

スーパームーンに照らされた男の横顔から白い歯が見えてゾッとする。

(助けにいかなきゃ……今すぐに)

(お母様の元に……)

そう思うのに身体は動かずカタカタと小刻みに震えるだけだ。私は無理やり声帯を押し広げるように喉の奥から声を絞り出す。

「か……あさま……」

蚊の泣くような掠れた声をようやく発したその時、突如、強い風が吹いて窓が全開になった。

そして、その衝撃でベッドサイドの花瓶が揺れて床へと落下する。

(あ……っ)

──ガシャン!!

床に散らばった薔薇の花から、すぐに視線を窓の外に移せば男と目があった。

(!!)

血まみれの剣を携えた男はフードを被っていて顔はよくわからない。男は私に向かって剣の先を黙ったまま、すっと向けた。

まるで──次はお前だと言うように。


(誰、なの……っ)

私はもっとよく男の顔を見ようと窓枠に震える手をかけた。そして男の全身に視線を走らせると、男の持っている剣の(つば)に象られている紋章に目を見張った。

(あの紋章は……王家の……っ)

私が剣の鍔へと向けている視線に気づいたのか、男は剣を鞘に戻すと口元に孤を描いたまま、すぐに庭園へと駆けて行き姿を消した。


さっきまでと何も変わらない静寂の夜が訪れる。美しく大きな月が輝く中で私の鼓動だけがドクドクと音を立て続ける。

倒れた母の周りにできた、真っ赤な血だまりはどんどん大きくなって、私の両目からは涙が溢れて止まらない。

「あ……あぁっ……お母様……っ」

震え、掠れた声は誰にも届かない。

「だれか……助けて……お願、い……」