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俺はリリーが馬車に乗り込み、屋敷へと戻っていく姿を自室の窓からこっそり眺めていた。


「まさか……リリーに会えるなんてな……」

パーティー直前にカイルから「エヴァンズ公爵令嬢についてとんでもないことがわかった」と聞かされた時は、刺客かなにかだったのかと予想したが全くの見当違いだった。

カイルが持ってきた情報は熊のようだと揶揄されているリリー=エヴァンズが、我が国ご用達の調剤士だったマリア=エヴァンズの娘であること。

そして幼い頃、一時期彼女が辺境の地で療養していたことを聞かされた時は、心が燃えるように熱くなった。

何故なら、俺もある理由から一時期その辺境の地にある別荘に滞在したことがあったからだ。
そこで出会ったのだ、初恋の君に。

(ずっとずっと会いたかった)

(ずっとずっと探していた……)

そしてこちらから彼女に接触しようと思った矢先に、彼女は俺の目の前に現れた。

メイド服に身を包んでいたが俺はすぐに彼女に間違いないと確信した。太陽のように輝く艶やかなブロンドの髪に、あの透明感のある淡いピンク色の瞳。

「愛らしかったな……」

大人になった彼女は俺が想像していた以上に強く聡明な女性で美しかった。俺は長年抱いていた恋心をいきなり再会したリリーにどう表現したらよいのかよくわからないまま、あんな態度をとってしまった。

──どうしても彼女を自分のものにしたくて。


「……ポケットにいたのはラピス? だったか?」

剣を突きつけた時、俺はリリーとは別にもう一つの小さな視線に気づいた。リリーに気づかれないようにさっと視線を走らせ、ポケットから覗く小さな紫色の瞳が見えたときは心の中で歓喜の声をあげた。

(確か……ラピスラズリから名付けたと言っていたな……)

リリーと俺が初めて会ったあの時も珍しい黒いウサギを連れていたから。

「願えば叶う……死んだ母上の言う通りだ」

ずっともう一度会いたいと願い続けていた。
ずっと忘れられなかった──初恋の君。



──コンコンコンッ

俺はニヤていた口元を結び、眉間にこれでもかと皺を寄せた。

「はいれ」

「失礼いたします」

カイルがお辞儀をして部屋に入って来るのを見た俺は腕組みをしながら椅子に腰掛けた。