一瞬動物か何かかと思ったが、月明かりを頼りに目を凝らせばそれが人型をしていることがわかる。

きっといつもの夜ならわからなかっただろうが、今夜のスーパームーンのお陰で私はその姿をはっきりと捉えることができた。

その人物は黒いフードのようなものを被っていて背恰好から恐らく男だろう。

(こんな時間にどうして家の中庭に? だってこの先には……)

私は鼓動が少しずつ駆け足になるのをそのままに視線だけで男を追っていく。

そして男は私がいる屋敷とは独立した、中庭にある六角形をした円錐状の建物に近づいていく。この建物は薬の調合師をしている母の仕事場だ。

(お母様のお客様かしら……)

母であるマリアはこの国でも有名な薬の調合師をしており、あの建物には日頃から母に薬を依頼している人間がひっきりなしに出入りをしている。

ただし、それは朝方から夕方にかけてまでだ。

母は寝る直前まで薬の調合をするほど仕事熱心だが、夜間の薬の受け取りはしないよう先方と取り決めをしていると以前話してくれたことがあった。

「よっぽど急ぎなのかな」

母の調合する薬は熱さましから解毒剤に惚れ薬と用途も種類も多岐にわたる。

いつも色とりどりのビーカーと試験管、薬草に囲まれた母の仕事場は見ているだけで飽きることがなく私のお気に入りの場所でもあった。

男は草をじっくりと踏みしめるようにゆっくりと母の仕事場の扉の前にたどり着くと、手袋をはめた手で扉をノックする。

そしてすぐに母が扉から顔を出す。

その瞬間だった──。

男は月明かりに照らされながら白銀に光る長剣を振りかざすと、迷わず母の胸へと突き刺した。

「──っ!!!!」