demon(悪魔)……)

悪魔という存在は勿論、悪魔と同じ黒色までも嫌うこの世界で、悪魔という名前の人物がいるとは到底思えない。

つまり高貴な身分かつ何かしらの事情で本来の名が書けないため、母だけが把握できるよう書いたニックネームみたいなものに違いないだろう。

お父様が胸ポケットから一枚の招待状を私に差し出した。

「これに参加してきてくれないか?」

「王宮で開かれるダンスパーティーですか?」

「あぁ、第一王子の花嫁探しとか。ただそのパーティーには珍しく第二王子も参加するらしい」

「第二王子も?」

「お前も知っているだろう。第二王子の名はルーカス=アルベルト。またの名を……」

「──悪魔王子、ですね」

自ら口にした、悪魔というフレーズに私の背が勝手にしゃんと伸びる。

先程、悪魔という名の人物などいないと言ったがニックネームであればこの国にたった一人だけいる。

──悪魔のように黒い髪を持ち、王家の人間でありながら戦場の先頭にたつことを好む。

そしてまるで殺しを楽しむかのように戦場にいるときだけ笑うと言われている悪魔のような冷酷非道な男。


「お母様の日誌に書かれたdemon(悪魔)がもしやその悪魔王子の関係者ではないかと?」

私が当時六歳、犯人は大人の男性だった。確か悪魔王子は昨年、成人の儀を迎えたばかりの十九歳だ。母を殺した犯人は悪魔王子本人というよりも関係者と考えた方が妥当だろう。

「全て憶測の範疇だ。証拠は何もない。たださすがに俺が花嫁候補としてパーティーに参加するわけにはいかないだろう」

「私がパーティーに参加し、その悪魔王子の身辺を探れば良いのですね?」

「やってくれるかリリー」

私はすぐにうなづいて見せた。

「勿論ですわ。おまかせください」

私は招待状をさっと胸元に仕舞うと、お父様に一礼をして執務室をあとにした。

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