男性は困ったように眉を下げ、私の頰に触れる。その手を「やめてください」と振り払った。恋人でもない人に触れられるなんて、気持ち悪くてたまらない。

「そんなこと言われたら悲しくなっちゃうな。これから夫婦になるのに」

「夫婦になんてなりません。絶対にサインなんてしませんから」

自由を奪われてしまった今、私にできるのは心を開かないことしかない。徹底的に拒絶する。虚しいけれど、こうすることでしか自分の精神を保っていられなかった。

「そういえば今日、珊瑚のご両親に会ったよ。「娘をよろしくお願いします」って言われた。もう俺たちの結婚は決まったも同然なんだよ」

嬉しそうに話す男性から顔を逸らし、私はスカートを強く握り締める。悔しくて泣いてしまいそうになるのを堪えた。みんな、この人に騙されている。

四月、私の会社に他会社からこの男性はやって来た。男性は私の働く会社の社長の息子。経験を積むために社員として働くことになったのだと社長が話していた。