◯焼き鳥居酒屋 カウンター席

焼鳥を持つのとは逆の手でグラスを掴む杏璃。
しかし先ほどのように豪快に流し込む素振りは見せなかった。

杏璃「昔は梶さんともね、そんなに仲悪くなかったのよ」
「むしろ良かったくらい。可愛がってもらったわよ」

咲也は驚いて目を瞠る。

咲也「じゃあどうして…」

杏璃「んー…」

焼き鳥をかじりながら答える杏璃。

杏璃「もともと梶さんはね、企画課に来たころの私の教育係だったのよ」
「梶さんにとってははじめての後輩だったから、すごく丁寧にいろんなこと教えてもらった」

咲也「ならますますわからないです」
「(首をかしげて)唐沢さんは梶さんを嫌ってるわけじゃないんですよね?」

杏璃「そりゃそうよ」
「(食べ終えた焼き鳥の串を杖のように振る)今の私があるのは梶さんのおかげだし」

杏璃はグラスを掴むと、ゆっくり揺らして氷をカラカラとかき混ぜた。

杏璃「でもね、梶さんの気持ちもわかるのよ。可愛がってた後輩が、あっと言う間に自分を追い越してサブチーフだもん。面白くないわよ」

咲也はむっとしたように頬を膨らませた。

咲也「昇進したのは唐沢さんの実力じゃないですか」
「それを妬むのはおかしいです」

杏璃「それは梶さん自身が1番よくわかってることよ」

熱くなった咲也とは対称に、杏璃は冷静だった。

杏璃「誤解されるのは慣れてるし、別にいいのよ」
「私がもっとうまく立ちまわれれば起きなかったことだし」

咲也「(悲しげな顔で杏璃を見つめ)唐沢さん…」

杏璃ははっと我に返った。

杏璃「って、大学生の子になに話してんだろ」
「ごめん。酔っぱらいの戯れ言だから、忘れて」

うつむいてしまった咲也にメニューを差し出す。

杏璃「ほら、もっと食べて。あ、唐揚げオススメだって」

杏璃はマスターに向かって叫ぶ。

杏璃「マスター、唐揚げとサラダ。あと焼酎、芋で!」

咲也「(ぎょっとして顔を上げる)えっ」
「唐沢さんまだ飲むんですか」

驚く咲也に杏璃はきょとんとする。

杏璃「う、うん」
「あ、ちゃんとセーブしてるから大丈夫。さすがにベロベロになるまでは飲まないから」

運ばれてきた芋焼酎を一口飲んで、くぅーっと息を吐く杏璃。
その様子を見た咲也が、急に立ち上がって叫んだ。

咲也「マスター! 俺にもお酒ください! カルピスサワー的なやつ」

杏璃「ちょっ」

杏璃はあわてて咲也の肩を掴んで止めた。

杏璃「苦手なのに無理して飲まないでよ。明日もあるんだから」

咲也「1杯くらいなら平気です」

咲也は優しい表情で微笑んだ。

咲也「お互いに酒入ってたほうが、恥ずかしさも半減しません?」

可愛らしい少年のような笑顔に、杏璃は急にどきりとする。
酒を飲んでもあまり変わらなかった顔が、ほんの少し赤らむ。

ニコニコと天使のように微笑む咲也から顔をそむける。

杏璃(イマドキの子、怖…)