◯介護施設『あすかの里』談話室(夕方)


メイクを終えた織江たちが、満足そうに互いの顔を指差して笑う。
その様子を壁に寄りかかって見守る杏璃。

杏璃(ほんの軽くメイクしただけなのに、楽しそう)

咲也がお茶が入った紙コップを手に戻ってきた。

咲也「唐沢さん、お疲れ様でした! 冷たいお茶どうぞ」

杏璃「ありがと」

紙コップを受け取り、こくりと飲む杏璃。

杏璃「急にこんなところに連れてくるからびっくりした」

咲也は頭をかいて苦笑い。

咲也「すみません。どう説明しようか迷っちゃって」

杏璃「(うつむいてふっと笑い)…まあ、楽しかったからいいけど」

再び入居者たちに視線を向け、ぼんやりした表情。
入居者たちは介護士に写真を撮ってもらっている。

杏璃(誰かにメイクをするなんて新人研修以来かも)
(でも、あんなに喜んでくれる人はいなかったな)

同じく入居者たちを見て満足気に微笑む咲也。
それを見た杏璃が真顔で話しかける。

杏璃「楽しそうにメイクするのね」

咲也「(きょとんとして杏璃を見る)え?」

杏璃「希望者全員のメイクだなんて、結構手間がかかるでしょ」
「結局ほとんど天野くんがやってたから、私も役に立ってないし」

爽やかな笑顔を浮かべる咲也。

咲也「実際楽しいですよ。みんな若返ったって喜んでくれるし」
「それに今唐沢さんも楽しかったって言ったじゃないですか」

ふいっと顔をそむける杏璃。

杏璃「ちょっとした刺激になったって意味よ」

咲也「あー、なんかその返事ズルいです」

あざとく頬を膨らませ、拗ねた表情の咲也。

杏璃がプッと吹き出す。

杏璃「もうやめてよ、それ」

咲也「えっ」

再びきょとんとする咲也。

咲也「なにをですか?」

杏璃「無自覚じゃん。天野くんてほんとズルい」

咲也「えっ、どういう意味ですか」
「ちょっ、唐沢さん!」

お腹をかかえて笑う杏璃。
戸惑って焦る咲也。

織江がふふっと笑みを漏らす。
織江目線では、咲也と杏璃がそれぞれ楽しげに輝いて見える。

織江「若いわねぇ」