◯ランチタイムのカフェ・テラス席


ほかほかと湯気を立てるカルボナーラを前に、咲也が満面の笑顔で手を合わせる。

咲也「いただきまーす!」

向かい合う杏璃はサラダボウルを食べている。
若者らしく豪快に食べる咲也を見て、表情が和らぐ杏璃。

杏璃「おいしそうに食べるよね、天野くんは」

咲也「実際おいしいですから! 唐沢さんこそ、それだけで足りるんですか?」

口いっぱいのパスタを飲み込んで、不思議そうに首をかしげる咲也。
杏璃は左手で髪の毛が落ちてこないように抑えながら野菜を口に運ぶ。

杏璃「昨日飲み過ぎちゃったしね。ちょっと自制しないと」

咲也「えー。唐沢さん十分細いのに」

屈託なく笑う咲也。口元にはクリームソースがついている。

不意打ちでどきりとさせられる杏璃。
照れ隠しに自分の口元をトントンと指差してみせる。

杏璃「ついてるわよ、お調子者」

咲也「あ、ヤベ」

ナプキンで口元を拭う咲也。
それを柔らかな表情で見つめ、コーヒーを飲む杏璃。

杏璃「そういえば気になってたんだけど」

咲也「(また口いっぱいにパスタを頬張りながら)はい?」

コーヒーのカップをソーサーに戻す杏璃。

杏璃「どうしてうちの会社に来たの?」
「天野くんなら、BAとかプロのメイクだって目指せたんじゃないの?」※BA=ビューティーアドバイザー

杏璃(うちは複数のコスメブランドを展開してるから、規模としてはそこそこ大手)
(だけど、あくまで私たちは裏方の作り手。天野くんくらいのコミュ強なら、もっと表舞台でも活躍できるのに)

咲也は真顔で「うーん」と唸る。

咲也「僕、昔から見た目が女の子っぽくて」
「姉とその友だちによくおもちゃにされてたんですよね。中学生のとき女装させられて、メイクの実験台」

杏璃「(引きつった表情)え…」

咲也「(あっけらかんと笑って)高校生のときなんか、姉のお古の制服着て、姉が元カレに復讐する手伝いさせられたりなんかして」



○(回想)咲也高校生時代


ロングヘアのかつらをつけ、ブレザーにスカートの女子の制服姿の咲也。
姉の元カレの告白を断る様子。相手はショックを受けて固まっている。
(セリフなし)

T『わざと惚れさせてからこっぴどく振るの図』

 (回想終了)



◯ランチタイムのカフェ・テラス席


杏璃「(少し引きながら)へ、へえ…」

杏璃(ちょっと見てみたいかも…)

咲也の女装した姿を想像する杏璃。
フォークを持ったまま少し遠い目をする咲也。

咲也「最初は抵抗があったんですけど、だんだん僕自身がコスメにハマっていっちゃって」
「気づいたら姉が使わなくなったコスメをこっそり収集してたんです」

瞳に熱がこもる咲也。
杏璃は目を見開いて話に聞き入る。

咲也「ほんの少し色や塗り方を変えただけで、雰囲気がガラッと変わる」
「あれってもう魔法じゃないですか。コスメって魔法の変身アイテムなんですよ!」

拳を握って熱弁を振るう咲也。
杏璃がぽかんとしているのを見て、はっと我に返る。

咲也「す、すいません。勝手に熱くなっちゃって」

杏璃「ううん、大丈夫」

手を振りながら薄く笑う杏璃。

杏璃「なんだか懐かしい。私もおんなじようなこと考えた時期があったから」

咲也「唐沢さんもですか?」

フォークを持つ手を一旦安め、宙を見つめる杏璃。

杏璃「私も見た目であれこれ言われてたから、10代のころはそれなりに悩んだのよ」
「人よりちょっと目立つ容姿なのは自覚してるし、その上この性格でしょ? 同性からは嫌われる、嫌われる」