僕たちは並んで歩いて5分ほどの校舎へ向かう。

全校生徒約100人の小さな学校の割には大きな校舎だと思う。
設備も揃っているし、綺麗な方だ。私立高校だとこんなものなのだろうか。

僕の考えていることを察したのか仁太が声をかけてきた。
「この学校、他とは違って生徒数が少ないなとか思わない?」

確かに1学年30人のひとクラスって少ないかも知れないな。
「ああ、確かに少ない感じはしたかな。
入学金とか授業料も実は結構高かったのかも。」
お金のことは一切気にしていないからさっぱりだ。

「ハハ、まあ図書室に行けば分かるけど、一応説明しておくと、桜木高校は日本でも国からかなり注目を浴びている学校だ。
普通の高校と大きく違うのは、かなり生徒の自主性が重んじられること。
校則を作ったり、新しいことを始めたらり、それこそ生徒会に入ればなんでもできる。
教師も普通の教師ではない。民間の優秀な人だったり、専門の人だったりする。
どの教師を雇うかどうかも生徒が推薦できる。

一郎くんも、誰かの推薦があって入学しんでしょ?
後は、この学校に入学している人はみんな、何かしらのスペシャリストになる可能性の秘めた人だ。
ちなみに僕は読み合いでは負けない。囲碁でも将棋でも、オセロでも。そういったゲームで相手のことさえ知っていたら僕は負けなしだ。」


そこまで聞かされているうちに図書室に到着した。

PCを立ち上げて “桜木高校 特徴“ と検索する。
仁太の言っていることは当たっているようだ。
見出しには“桜木高校 偏差値72超“、“世界No1ボクシングは桜木高校卒業生“、“桜木高校卒業生の偉業の数々“
などと見出しが出てくる。なかでも桜木高校式の塾なんて謳っている塾サイトまである。

僕はそのまま桜木高校のホームページにアクセスした。
願書を取り寄せるためだけに1度だけアクセスしたことはあるが、中身をしっかりみたことはない。

教師陣の紹介というところを見つける。
1年担任 川端(元〇〇IT会社社長)数学担当
2年担任 井ノ口(ハリウッド映画製作者)英語担当
・    



「すごいなあ、何人かは僕でもTVで見たことのある人だ。」
僕は思わず画面に見入ってしまう。

施設紹介のページに飛ぶと最新の設備が映し出された。
今から思えばこの図書室もかなり広い。グランドピアノ等の高級楽器はもちろんのこと、3Dプリンタや最新トレーニング機器までも揃っている。

知らなかったな。オリエンテーションではほぼ教室だったからな。体育館と保健室、そしてこの図書室くらいしか案内されなかったような。。

隣をみると、仁太が桜木高校の歴史集みたいな資料本を広げていた。
「ほら、うちの学校だって一昨年は野球でいい線行ってたんだよ!」

そう言って僕に資料集をよこす。

僕は目に入った見出しを読む。
“桜木高校 たった週1日の練習で地区予選決勝進出”

下の方には西村監督の写真とコメントが入っていた。
“生徒たちの目標は達成されました。僕の役目はここまでですね。今後は生徒達自身で新しいことにまた挑戦することでしょう”

そんなことが書いてある。確か、決勝戦で敗れたから
野球部に関してはこれが最後の記事みたいだ。

知らない男子生徒の写真も映っている。どこかで見たような。

「なあ、仁太、この写真の人、どっかで見たことないか?」

そう聞くと一緒に記事を見ていた仁太が答える。

「何言ってるんだよ、入学式の時に歓迎の挨拶をしていた、生徒会長の空先輩だよ。
この時は1年生でキャプテンをやってたみたいだね。」

なるほど、この人があの寮母が言ってた空先輩か。
しかしたった週に1日の練習で地区予選決勝ってどういうことなんだ。
しかもあの西村先生、寮母の話によると顧問になるまでは野球のことはあまり知らなかったみたいだし。

僕の好奇心が湧いてくる。もし何か特別な練習方法があるなら僕だって知りたい。甲子園に行けるならなんでもしたいのだ。

僕は仁太に声をかける。
「仁太、生徒会長と話したいんだけど、どこに行けば会える?」

仁太は満足そうに頷く。
「そりゃあ、生徒会長なんだから授業以外はほとんど生徒会室に籠ってるんじゃないかなあ。
ねえ、一郎くん、野球部を作る気になった?」

目をキラキラと輝かせて問う仁太に、なるほど、こいつは俺を野球部に誘導したいのか。
仁太のそこまでの執着も中々だと感心する。

僕はしばらく考えるふりをして、
「そうだな、野球部を作るかどうかはわからない。
ただ、空先輩から過去の野球部の活動についてと、練習方法、そしてできれば西村先生にコンタクトを取りたいとは思ってる。
そのうえで1番甲子園に近い道を探すよ。」

もっぱら嘘はついていない。
本当に僕は悩み始めていた。甲子園にスタメン出場できるなら僕はどんなかたちでも構わない。
それがたとえ神奈川県の橘高校であっても、この桜木高校であってもだ。

僕のこの返答に対して、仁太は笑顔を崩さない。
「分かったよ。昼休み、生徒会室へ行ってみよう。実は僕も生徒会には興味があってね。一郎君が言った通り、僕の目標であるこの学校で1番の偉業を達成するために生徒会に入るのも悪くはない」

そう言って仁太はそろそろ授業が始まるから行こうと資料集の片付けを始める。

僕も倣って片付けを手伝いながら思う。

結局、仁太は自分の目標を達成するためなら甲子園出場でも生徒会でもいいのか。昼休みまで僕についてくる気かよ。ほんと仁太らしいな思う。変なやつだけと悪いやつではない。

予鈴のチャイムがなった。僕たちは急いで図書館を後にして教室へ向かった。