「子どもの事もありますので、奥様には手続きを急がせてしまって。」


女は丁寧に対応しているようふだが
一言も謝罪を口にしていない。
離婚を急かす話に佳乃子は頭が追いつかずただ怒りにクラクラした。

慣れない怒りに佳乃子の身体が耐えれず
ぐらりとその場にしゃがみ込んだ。

「佳乃子さん、大丈夫ですか?」
晴香は佳乃子の身体を支えた。
佳乃子は肩で息をして今にも壊れてしまいそうだ。


「…はぁっ…ありがと…う」


晴香の声で怒りの渦から引き戻された佳乃子は
スマホを床の上に置き息を整えた。

うつ伏せになっているスマホから何を言っているかわからない女の声を聞いて晴香は目を丸くした。
「まさか!」

晴香が佳乃子を覗き込むと、それに応えるように佳乃子は2回小さく頷いた。

「こんな電話切りましょう。
それか私が代わりに話します!」

晴香が床にあるスマホを取ろうとすると
佳乃子がそれを手で制した。

「私が。」
そう言われて、何か言いたげだったが晴香は佳乃子の言葉に従った。

佳乃子は眉間に皺を深々と寄せながら息を整えると意を決してスマホを手に取った。

心を砕くカラカラとした女の声が聞こえた。
電話口の女はこちらの状態に気付かずそのままひとりで話し続けていた。
まだ滑稽な独壇場が通話口で敷かれている。

佳乃子は静かに女の話に耳を傾けてた。
そこで、佳乃子は気付いた。
時折女が言葉に詰まることを。
その事に気づかせまいと女が虚勢を張って意味もない話を喋っていることを。

ーーこれは、もしかして。

佳乃子はこれ以上苦しみを背負う事に気づいた。