楓は地元の印刷会社に就職して4年。やっと仕事も楽しくなってきていた。
仕事終わりに飲むビールが美味しいと思えるようになった。

今日も定時で帰宅しコンビニで買ったビールなんかをビニール袋に入れて家路についていた。
スマホが鳴った。
画面の『梓』の文字を見て話が長くなりそうだと周りを見渡した。
楓は電話に出ながら脇道にある公園のベンチに座った。


「もしもし?楓?」
「どうした?」
「実家いってきた。」
「あぁ。母さんどうだった?」
「うん。変だった。」
「なんか言ってた?病気とか?」
「何にも言わなかった。でも…1人で抱えてるのは間違いないよ。」
「母さんは梓にも言わなかったか。父さんは知ってるのかな」
「知ってると思う。」
「え?なんで俺らには言わないんだ?」
「お兄ちゃん、お母さんが物を隠す場所って何処か知ってる?」
「ん?知らないけど」
「お母さん、みられたくないものを冷蔵庫のサイドポケットの奥に隠すんだ。」
「へそくりみたいな?」
「そこに、あった。…離婚届け。」
「え」
「…お父さんの名前だけ書いてる」
「なんだ…それ」
「…私持ってきちゃった。」
「え…なんでかわからないけど。ハハ…さすが梓」
「こんなの。なんかの間違いだよね?」
梓の声が震え始めていた。

「…夫婦のことは2人にしかわからないけど。だからあんなに母さんしんどそうだったのか」
「こんなの…」
「もう、俺らも世話のいる子どもじゃない。原因は何にしろ両親がどうするのか見守るしかない。俺たちが口出しして余計こじれるかもしれない」
「うん。わかってる。わかってるけど。悲しい。あんなに仲の良かったのに。」

電話口でグスグスと泣き出した梓を慰めて、今度2人で帰省しようと約束し楓は電話を切った。
楓はビニール袋からビールを出して公園の電灯をぼんやり見つめた。

自分の何かがなくなってしまうような感覚を感じながら冷たいビールを胃に流し込んだ。

ーー予定を開けないとな
スマホのスケジュール管理アプリを見ながら考えていた。

しかし、2週間後に家族が急遽集まることとなった。
佳乃子の父が自宅で病死したのだ。