その時、私の前からふっと雨が消えていった。
視界には、ビニール傘の縁がうつっていた。
私は思わず、その場を立ち止まる。
きっと後ろに誰かがいて、私に傘を差しているのだろう。
けれど、振り向く気にはなれなかった。
どうしてもそれが出来なかった。
「風邪引くよ、ユマさん」
聞き覚えのある声が耳に届くが、私は返事が出来ずに立ち竦む。
私のことを名前で呼べるのは、3人しかいない。
エリス、アリア、そして……最近会った、クロイ。
後ろにいるのはクロイで違いないのだろう。
「ユマさん、大丈夫?」
空に閃光が走り、雨足は強くなっていくばかりであるのに、私は何も出来やしない。
後ろにいるクロイの息遣いで、彼の戸惑いが分かる。
「……ユマさん」
そんな私を見かねたのか、クロイは私の前にまわって、手で濡れた髪の毛を払い顔を覗き込んだ。
クロイのアメジストの瞳は、まるで彼の心臓のように美しく生命を宿していて、思わず触れたくなってしまう。