「マンバは黒猫やで」
タスイの言葉にハミルはただ、その唇を見つめている。
薄めの口唇は少し桜がかっていて、近ごろの暑さ混じりの空気の中で春の終わりを感じさせた。
「黒猫ですか」
ハミルは返した
「うん、マンバな」
「はい」
「そういう事情があるから言うけど、あまり言うたらあかんで」
「ええ、もちろん」
「まあ、知ってもらったほうがええかもしれへんけどな、マンバとしても」
「そうですか、はい」
「マンバな、薄顔やねん」
「えっ、薄顔?、素顔ですか」
「そう」
「そうだったんですか」
「うん」
「でも、そうですか、ギャップがいいかもしれないですね」
「やろ、でもな、気にしてんねん」
「薄顔を?」
「ずっとコンプレックスやったそうでな、自信が持てんくて、おとなしい少女やったそうや」
「そうですか、そんな風に見えないですね。いつも元気だから」
「派手やろ、山姥風やから。」
「はい、派手っていうか」
「変わんねん。性格も、あれだけやるとな」
「ええ、そういうのはあるかもしれないですね」
「内気で、友達もできんかったらしい」
「そんな深刻だったんですか」
「お父さんが書道の先生なのは知ってる?」
「マンバさんの?いや初耳です」
「墨をな、マンバを育てた墨を、2と3と4の指で右の頬に三本のラインを引いた」
「えっ」
"今はこんなに悲しくて
涙も枯れ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうもないけど"
彼女の詩と声が本当ならば
2周目をただ一人で走っている
マンバはブッチギリで先頭を走っている
後ろを振り返ろうとも、誰もいない
このまま誰も追いつこうとしないかもしれない
けど、
時代は回るのならば
皆が2周目を走り出した時は、彼女はゴール間近で、
その汗で!素顔の君がテープを切るかもしれない
満花、君こそが孤独のランナーなのだから
「その後、左頬に三本のラインを入れた。黒猫や。マンバの始まりや」
「そういうことなんですか」
「実際は黒髭の女やけどな、アディダス好きやろマンバ」
「知らないです」
「好きならそれくらいチェックしとかんと」
「いや、まだ好きとは」
「そうやったっけ」
「手紙です・・」
「そうやな、だからマンバは本来、恥ずかしがり屋の奥手、自分に自信もあまり持ってへんやろな」
「なんで、タスイさんはそんな」
「ほぼ親友やで、私達は、年齢も一緒やし」
「31才・・」
「うん」
ハミルはふと、早く時代よ巡ってくれ、と願った
「だからマンバは自分から告白するようなことはできんと思うから、匿名でラブレターっていう手はあるかもしれんな」
「そうですか・・あの、アリバイなんですが」
「あゝ、そうやな、21日の17:00やったっけ」
「ええ、15:00〜17:00ですね」
「火曜日やんな。流石にみんなが何してたかは。ああでもそうやな。どうやろう。
ナツコはデザイナーの仕事やから割と時間に融通きくかもしれんけど。チナナはファミレスの調理やからシフト次第やな。マンバはな、今仕事してへんからな、アリバイは掴みづらいな」
「そうですか、チナナさん」
「チナナが気になるの?」
「あっいや、そういうわけでは」
「あれやで、ナツコはないと思うで」
「えっどうしてですか」
「アロヤのことが好きなんやで、事故があった時も立ち直らせたのは、ほぼほぼアロヤやし。カーレースのこととか一緒にやっとったし、あの頃からナツコはずっとや。」
「そうなんですか!知らなかった」
「うん、付き合ってへんけどな」
「どうして」
「アロヤはよくわからんやろ、不思議くんやから」
「あまりアロヤさんのこと知らないので」
「そうやな・・アリバイか、今度聞いとこか?チナナとかナツコ、マンバも」
「えっ、直接ですか?怪しくないですか」
「うまくやっとくわ、任せといて」
「そうですか、任せていいですか?」
「うん、ええよ、じゃあそろそろ帰ろうか」
「はい、あっ」
タスイが伝票を取った
「僕、払います。」
外で待ってるタスイにハミルが協力の礼を告げた。
何かわかったら連絡する、ごちそうさまのやり取りを終え、タスイは自転車に乗り手を振って走り去った。
暫し、考え込んでいたハミル
22日の妄想で3人の女を独り占めにした男は、
その中の女が自分以外の男子に恋心を持っているということに嫉妬した
モテ期が来た、と思っていたのだ
一通の"名無し"のラブレター
名無しは想像を豊かにして、複数恋愛をさせた
"好きです"以外
何一つ確証のない
差出人も宛名もない、恋文だった
・・・
ふと、暗い顔が通りかかる
「あっ」
誰だったか、見たことがある
黄色の服に、左手の甲が赤い
その男はハミルに気づかずに通り過ぎた
数年前
1,2回、見かけた気がする
(クルム?だったかな)
その男の背中を数秒見つめた後、反対側の熱田駅に向かって歩き出したハミルだった。
#ハミル
#タスイ
#クルム
#マンバ
#チナナ
#ナツコ
#ミステリH
タスイの言葉にハミルはただ、その唇を見つめている。
薄めの口唇は少し桜がかっていて、近ごろの暑さ混じりの空気の中で春の終わりを感じさせた。
「黒猫ですか」
ハミルは返した
「うん、マンバな」
「はい」
「そういう事情があるから言うけど、あまり言うたらあかんで」
「ええ、もちろん」
「まあ、知ってもらったほうがええかもしれへんけどな、マンバとしても」
「そうですか、はい」
「マンバな、薄顔やねん」
「えっ、薄顔?、素顔ですか」
「そう」
「そうだったんですか」
「うん」
「でも、そうですか、ギャップがいいかもしれないですね」
「やろ、でもな、気にしてんねん」
「薄顔を?」
「ずっとコンプレックスやったそうでな、自信が持てんくて、おとなしい少女やったそうや」
「そうですか、そんな風に見えないですね。いつも元気だから」
「派手やろ、山姥風やから。」
「はい、派手っていうか」
「変わんねん。性格も、あれだけやるとな」
「ええ、そういうのはあるかもしれないですね」
「内気で、友達もできんかったらしい」
「そんな深刻だったんですか」
「お父さんが書道の先生なのは知ってる?」
「マンバさんの?いや初耳です」
「墨をな、マンバを育てた墨を、2と3と4の指で右の頬に三本のラインを引いた」
「えっ」
"今はこんなに悲しくて
涙も枯れ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうもないけど"
彼女の詩と声が本当ならば
2周目をただ一人で走っている
マンバはブッチギリで先頭を走っている
後ろを振り返ろうとも、誰もいない
このまま誰も追いつこうとしないかもしれない
けど、
時代は回るのならば
皆が2周目を走り出した時は、彼女はゴール間近で、
その汗で!素顔の君がテープを切るかもしれない
満花、君こそが孤独のランナーなのだから
「その後、左頬に三本のラインを入れた。黒猫や。マンバの始まりや」
「そういうことなんですか」
「実際は黒髭の女やけどな、アディダス好きやろマンバ」
「知らないです」
「好きならそれくらいチェックしとかんと」
「いや、まだ好きとは」
「そうやったっけ」
「手紙です・・」
「そうやな、だからマンバは本来、恥ずかしがり屋の奥手、自分に自信もあまり持ってへんやろな」
「なんで、タスイさんはそんな」
「ほぼ親友やで、私達は、年齢も一緒やし」
「31才・・」
「うん」
ハミルはふと、早く時代よ巡ってくれ、と願った
「だからマンバは自分から告白するようなことはできんと思うから、匿名でラブレターっていう手はあるかもしれんな」
「そうですか・・あの、アリバイなんですが」
「あゝ、そうやな、21日の17:00やったっけ」
「ええ、15:00〜17:00ですね」
「火曜日やんな。流石にみんなが何してたかは。ああでもそうやな。どうやろう。
ナツコはデザイナーの仕事やから割と時間に融通きくかもしれんけど。チナナはファミレスの調理やからシフト次第やな。マンバはな、今仕事してへんからな、アリバイは掴みづらいな」
「そうですか、チナナさん」
「チナナが気になるの?」
「あっいや、そういうわけでは」
「あれやで、ナツコはないと思うで」
「えっどうしてですか」
「アロヤのことが好きなんやで、事故があった時も立ち直らせたのは、ほぼほぼアロヤやし。カーレースのこととか一緒にやっとったし、あの頃からナツコはずっとや。」
「そうなんですか!知らなかった」
「うん、付き合ってへんけどな」
「どうして」
「アロヤはよくわからんやろ、不思議くんやから」
「あまりアロヤさんのこと知らないので」
「そうやな・・アリバイか、今度聞いとこか?チナナとかナツコ、マンバも」
「えっ、直接ですか?怪しくないですか」
「うまくやっとくわ、任せといて」
「そうですか、任せていいですか?」
「うん、ええよ、じゃあそろそろ帰ろうか」
「はい、あっ」
タスイが伝票を取った
「僕、払います。」
外で待ってるタスイにハミルが協力の礼を告げた。
何かわかったら連絡する、ごちそうさまのやり取りを終え、タスイは自転車に乗り手を振って走り去った。
暫し、考え込んでいたハミル
22日の妄想で3人の女を独り占めにした男は、
その中の女が自分以外の男子に恋心を持っているということに嫉妬した
モテ期が来た、と思っていたのだ
一通の"名無し"のラブレター
名無しは想像を豊かにして、複数恋愛をさせた
"好きです"以外
何一つ確証のない
差出人も宛名もない、恋文だった
・・・
ふと、暗い顔が通りかかる
「あっ」
誰だったか、見たことがある
黄色の服に、左手の甲が赤い
その男はハミルに気づかずに通り過ぎた
数年前
1,2回、見かけた気がする
(クルム?だったかな)
その男の背中を数秒見つめた後、反対側の熱田駅に向かって歩き出したハミルだった。
#ハミル
#タスイ
#クルム
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#ナツコ
#ミステリH