あの七文字の告白から3ヶ月が経った

今日は7回目のデートだ
昭和区にあるチナナのアパートからほど近い喫茶店で15:00に待合せした
フラワーショップでコスモスを中心とした花束を、あまり大袈裟にならない程度に包んでもらった

名城公園駅で地下鉄に乗る
名城線に運ばれて上前津駅で鶴舞線に乗り換えた
降車する御器所(ごきそ)駅に向かう車内のガラスに映る顔を見つめた
改めて決意を固める

・・・・

御器所駅を降車した
北改札を出て3番出口から地上へ上がる
東へ向かって程なく待ち合わせの喫茶店に着いた

店に入るとチナナは既にテーブルに着いていて、その前にはティーカップが置かれていた
店員に待合せの旨を指で伝えて席に着いた
冷やを持ってきた店員にアイスコーヒーを注文した

「花美留」
「千七菜」

花束を渡した
女性は喜びよりも驚きの表情を浮かべて、両手で受け取った
視線を落とし花を見つめると驚きが喜びの笑みへと移り変わった

しばらく近況などを会話して
花美留は決意の内心を明かした

「チナナ」
「うん」
「あのさ、ハミルENのことなんだけど」
「うん」
「抜けてくれないか」

花美留はハミルENの存在を嫌悪した
結婚を否定して、婚姻制度を否定する、そして血縁ではなく金で繋ぐことを目指したハミルEN
そんな阿呆の着想、オウチゴッコをしている其処が許せなくなった

実際には、千七菜との交際が始まってから疎ましくなった
その前からチナナを始めフレンドといえる人間もいたから、さしたる感情はなかった
しかし、チナナとの交際が始まり思い描く将来の絵図が見せる風景は、家庭だった。普通の家庭だった

彼女がハミルENを抜けてさえくれれば、その目標に障害は消滅する

「いやです」
「どうして!」
「ごめんなさい、私はハミルENが好きなんです」
「抜けた方がいい。自由なんだろ」
「抜けるのは自由だよ。でも私は抜けない」
「結婚できないじゃないか!」

苛立ちの声と台詞の儚さが響いて
数人の客と店員の目玉の注目を集めてしまった

「ごめん、花美留。それが嫌なら私たち」
「待て、言わないで」
「・・・・」

花美留も千七菜も声を下げて注意深く話し始めた

「そんなにいいのかい。ハミルENは。血縁じゃなくてお金で繋がってるんだろ。生活できているのかい」
「今はすごく稼ぐ人もいるから、割と」
「全員の稼ぎを合わせて同額配分されるんだろ。どれくらい」
「今は40万円くらい」
「うん」
「でもね、私たちは家族だから。40人の大人と6人の子供がいて、勿論高齢者も。今の世の中でそんなに大勢の人達と家族と呼べる関係になれないでしょ。だから私は」
「そんなこと、普通じゃないよ」
「分かってる。でもね、どう思う。結婚って」
「そんなの当然の家族形態だから」
「本当に、当然なの?」
「えっ」

キョトンとする花美留と、眼差しに力が籠る千七菜が続ける

「区別してる。近頃の世の中は、男だからとか女だからとか、そういうのは無くしていきましょうって方向性になってるわよね。でも、既婚とか独身とかは無くしましょうとはならないのは、、、おかしいでしょ」
「おかしい?でも、なんて呼べばいいんだい。それ以外に結婚してるか、してないかを判別できる呼び方なんてないじゃないか」
「だから、結婚自体が必要ないっていう。ことなんだけど」
「やめてくれよ、俺は君と」

男は想いの丈を仄めかすニュアンスを発したが、女は論じた

「平等なの。少なくとも私達は。全員が同じ配分の金額を毎月受け取るから。食事にしたって男だから奢るとか女だからとかそういうのはなくて、男も女も全員割り勘だし」
「そりゃ収入が同じなら、そうだろうけど」
「配分っていうの。私たちは。くばるわける」
「いいよ、そんなのどっちでも」
「それこそ男とか女とかいうのは埋まるし、子供もみんなで協力して育てる。介護もみんなで受け持つ」
「一緒に住んでないんだろ」
「住む場所は自由だし」
「家族と言えるのかな?」
「おかね。お金で繋いだ私たちには家族の意識がある。同額で貧富の差が完全にないの。相手の財布の事情を完全に把握してるっていうのが大きいと思う。多くの人は近くに住んでいるし、困った時は助け合えるし」
「うーん」
「考えてみて。ねぇ、花美留。子育てにしても、特に介護ね。1対1で介護するのは大変なの。でもね、比率は同じでも10対10ならどう?その方が介護する方もされる方も負担が減るの。昭和の初期中期に多くの子供が生まれたのは、家族の形態が大きくてみんなで支え合っていたからでしょ。今は家族も縮小して支え合いの範囲も狭くなっているでしょ」
「うーん、どうかな。でも家族になれば助け合うし」

「隣の家族が困ってたら助ける?」
「えっ」

「できるの。個人を尊重しながら大きな家族を築いて支え合う」
「千七菜、正直言っていいかい」
「うん」
「気味悪い」
「うん、そう」

帰るね

花美留はハミルENが好きではない
何故、俺と同じ名前なんだ
偶然なのか
怪訝の皺を眉間に寄せながら、うーんうーんと蠢く
俺は普通に千七菜と・

お花ありがとう。


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