旅支度を整えた、私達は港へとやってきた。

すると既に出港停止令が取り消されていたようで、多くの人々が港に溢れかえっていた。
船に乗り込んでいく人々も見える。

「リアンナ様、ベネディクト様は約束を守ってくれたみたいですね」

ニーナが嬉しそうに話しかけてくる。

「ええ、そうみたいね。でも、まさかウクレレで人の心まで操れるなんて……」

私は手にしていたウクレレをじっと見つめた。
本当に見れば見るほど、不思議だ。このウクレレは私が元の世界で使用していた物と寸分変わらない。
少し傷がついていしまった場所も、イニシャルの位置も……。

「どうかしましたか? リアンナ様」

ウクレレを見つめていると、ニーナが声をかけてきた。

「ううん、何でもない」

「リアンナ様、次はどこへ行きますか?」

荷馬車の御者台からジャンが声をかけてきた。

「そうねぇ……出来るだけ色々な世界を見て回りたいから、ここから一番近い島か国へ行ってみたいわ」

「それでしたら、この港から8時間程先にある西の小さな島国、『ホニン』という国へ行ってみませんか? 縦に細長い島国で、独特の文化が発展している国です」

カインがスラスラと答えてくれた。

「『ホニン』ていう国? いいわね、そこへ行ってみましょう」

何だか日本を連想させる国だ。もしかして住んでる人々は着物を着てたりして。

「でしたら、あの船ですね。あの赤と黄色で塗られている船ですよ」

ジャンが指さした先には、ひときわ目立つ大きな船が停まっている。

「へ〜……あの船がそうなのね……何と言うか、随分ド派手な船ね」

「ええ、何しろ『ホニン』という国は、金が沢山採掘できるそうですから」

カインが再び説明してくれる。

「ふ〜ん……金ねぇ……」

ますます日本を連想させる。

「何だか楽しそうな国ね。それじゃ早速乗船チケットを買いましょう! お金はたっぷりあるから、一番良い客室にしなくちゃね!」

「「「はい!!!」」」

私の言葉に3人は頷いた――


****


 出向して2時間――

私は1人、誰もいない甲板の上で大海原を見つめていた。

「フフフ……潮風と波の音が気持ちいいわね」

そのとき。

「リアンナ様、こちらにいらしたのですか?」

振り向くと、背後にカインの姿がある。

「カイン。どうしたの?」

「リアンナ様の姿が見えないので、もしやと思って甲板に出てみました」

「ふ〜ん、そうなんだ」

カインは私の隣にやって来た。

「ここで何をしていたのですか?」

「海を見ていたのよ。まるで空を飛んでいるようにも見えない?」

「……言われてみれば、そうですね」

カインも海を見つめる。その姿を見て、肝心なことを聞き忘れていたことに気付いた。

「そう言えば捕まったとき殿下に聞いたのだけど、カインは縛られていたのでしょう? でも私が駆けつけたときは戦っていたわよね? どうやって紐をほどいたの?」

「僕は自分の関節を自由に外せる事ができるのです。縄抜け位どうってことないですよ」

カインが笑顔で答える。

「あ……そ、そう。すごいのね……でも、カインが捕まるなんて意外だったわ」

「リアンナ様の命が惜しければ、言う通りにしろと言われたので、奴らの言いなりになって縛られました。僕を捕らえた騎士たちは縄抜けが出来ることを知りませんでしたからね。あの場所まで連れて行って、僕を殺そうとしていたみたいです」

どうってことない顔で答えるカイン。

「えっ!? そ、そうだったの! カインが縄抜けが出来たから良かったけど、もし出来なかったら殺されていたってことじゃない。なんで私なんかのためにそんな危険なことするのよ! もっと自分の命を大事にしてよ」

すると、カインが嬉しそうに笑う。

「え? そこ笑うところ?」

「はい、嬉しくて笑いました。僕は今まで、誰かにそこまで心配してもらったことはありませんでしたから」

「そうなの?」

「はい、伯爵家の次男である僕は家を継ぐことは出来ません。そこで両親は騎士にするために、他所の国に追いやったのです。そして殿下に出会いました。殿下に気に入られていたせいで、他の騎士仲間ともうまくいきませんでした。どんなに危険な任務でも心配してくれるような人は誰もいなかったのに……」

突然、カインが私の両手を握りしめてきた。

「でも、リアンナ様に出会いました。僕のことを本気で心配してくれたのは、リアンナ様が始めてです。だから嬉しくて笑ってしまいました」

「あ……ソ、ソウデスカ……」

イケメンにじっと見つめられるのは心臓に悪い。
でも私がここまでカインを心配するのは……やっぱり、始めてリアンナの身体に憑依した時、唯一優しくしてくれたからなのだと思う。

「リアンナ様……僕はあなたが好きです」

「はぁっ!?」

いきなり、何の脈略もなく告白された。

「リアンナ様がマジックショーを行っている姿を見た時から、目が離せなくなってしまいました。多分、あの時からずっと側にいたいと願っていたのだと思います。自分の気持ちを押し付ける気持ちは一切ありません。でも、欲を言えば恋人同士になりたいです。リアンナ様、恋人になることを前向きに考えて頂けませんか? 仮に恋人同士は無理だと仰られても、それは確かに辛いですが……でも僕は平気です。代わりに、ずっと護衛騎士はさせてください。それくらいはいいですよね?」

私の手を両手で握りしめながら、グイグイ迫ってくるカイン。
イケメンからの告白は、破壊力抜群だ。

「わ、分かったわよ!」

「え!? 本当ですか!? 僕の告白を受け入れてくれるのですね?」

カインはますます笑顔になると、私の腕を引き寄せて抱きしめてきた。

ええっ!? 分かったって、そういう意味で答えたわけじゃないのに!? ただ、護衛騎士はさせてくださいという話に返事をしただけなのに!

私の戸惑いを他所に、カインが耳元で甘く囁いてくる。

「リアンナ様……愛しています」

だ、駄目だ……。ここまで勘違いされて、さっきの返事は違う! なんて今更言えない。
でも……ま、いいか。
私もカインのことが気になっていたのは確かだし。

「リアンナ様……」

カインの顔が近づいて来たので目を閉じ……私達はその場の雰囲気に流されるようにキスをした――


こうして、この日のうちに私とカインはめでたく? 恋人同士になり、ニーナには冷やかされ、何故かジャンには泣かれてしまったのだった。


****

その夜のこと――

船内の一等客室で眠りについていた私は夢を見た。

夢の中には、リアンナとウクレレをくれたおじいさんが出てきた。

『ありがとう、ずっとあの場所から逃げたかった私の夢を叶えてくれて』

リアンナが嬉しそうに笑っている。

『お嬢さん、巻き込んでしまって悪かったね』

夢の中のおじいさんが話しかけてきた。

『リアンナはとても信仰心の厚い娘でね、自ら死を選んだ気の毒な彼女を天に送ろうとしたのだよ。ところが同じタイミングで別世界で死んだお嬢さんの魂を、うっかり引き寄せてしまってリアンナの身体に入れてしまったのだよ』

『え!? そうだったのですか!?』

まさか、手違いでこの世界に来てしまったとは思わなかった。

『そこでお詫びの印に、お嬢さんが探していた楽器をあげたのだよ。特殊な力を備えた楽器をね』

『え? それじゃ、やっぱりあの楽器は……!』

『これからも聖女様として、人々に奇跡をみせてあげてくれないかな? 人々の信仰心が強まると、神である私も嬉しいのでな』

『そ、それじゃ……やっぱりあなたは神様だったのですか!?』

驚いて叫ぶと、ニッコリ笑うおじいさん。そしてリアンナ。

『それじゃ、そろそろいこうか。リアンナ』

神様がリアンナに話しかける。

『はい』

『え? 行くって何処へ!?』

すると、私の問にリアンナが答える。

『あなたが私の願いを叶えてくれたから、もう未練がないわ。神様の元へいくわね。さよなら』

『え……?』

そこで2人の姿は消え……私は夢から目覚めた――


****

――翌朝

私達は『ホニン』の国に降り立った。

「リアンナ、これからどうする?」

カインが私の肩を抱き寄せる。ち、近い……恋人同士になったら、増々カインの距離が近くなった。

「カイン様! 何を勝手にリアンナ様の肩を抱いているんですか!」

「ジャン、諦めなさい。もうお二人は恋人同士になったのだから」

ジャンが文句を言い、それをニーナが窘める。

「認めない……俺は絶対に認めないですからね!」

「ジャンに認めてもらう必要は無いよ。そうだろう、リアンナ」

「な、何ですって~!!」

カインはジャンをからかっている。その姿を横目で見ながらニーナが尋ねてきた。

「それで、リアンナ様。これからどうしましょう?」

「そうね。まず最初はホテルを探しましょう。その後は町へ出て、ウクレレの演奏とマジックショーをやるわ!」

「え!? もうマジックショーは、やる必要が無いのではありませんか!?」

ジャンが驚いた様子で尋ねる。

「方針が変わったのよ。だって私は『ウクレレの聖女様』だから」

私はウクレレを抱きしめ……笑みを浮かべた。


――その後。

私たちは世界中を周り、『ウクレレの聖女と御一行』としてすっかり有名になっていた。

そして風の噂で聞いた話なのだが、私のウクレレで眠りに就いてしまった殿下と騎士達は……1年経った今も目覚めることなく眠り続けているらしい――



<完>