「本当にお礼はいいのですか?」

荷馬車に乗り込んだ私にリュックとサムが尋ねてくる。

「ええ、お礼なんていりません。そんなつもりでリュックさんの腕を治したわけではありませんから」

だって彼の腕が動くようになったのは絶対まぐれに決まっている。
それなのに、お礼を貰うわけにはいかなかった。第一、あまりお金を持っているようには見えない相手からは尚更だ。

それなのに……。

「素晴らしい、本当になんて謙虚な方なのだろう」

「まさしく、聖女様と呼ばれるに相応しい方だ!」

2人の青年は増々私を尊敬の眼差しで見つめてくる。

「あの、聖女様。せめてこれだけでも受け取って下さい!」

リュックが私に木彫りの指輪を差し出してきた。

「え? 指輪?」

首を傾げて受け取ると、御者台に座っていたジャンが何を勘違いしたか、凄んできた。

「何いっ!? リアンナ様にゆ、指輪だとっ!? 恋人がいるっていうのに、図々しい男だ!」

「ち、違いますよ! これは俺が作った木彫りの指輪なんです。聖女様にせめてものお礼の気持を込めて、プレゼントさせてもらいたいだけですから!」

リュックは首を左右にブンブン振ると、サムが説明してくれた。

「リュックは木こりの仕事以外に、木彫りのアクセサリーを作るのが得意なんですよ」

「何だ、そうだったのですか。それにしても木彫りの指輪なんて凄いですね。ありがとうございます。大切にしますね」

ニッコリ笑ってお礼を述べると、馬にまたがっていたカインが声をかけてきた。

「リアンナ様、そろそろ出発しませんか?」

「そうですね、俺もその方が良いと思います」

ジャンもカインの提案に同意する。

「分かったわ。なら出発しましょう」

荷馬車がゆっくり動き始めると、サムとリュックが交互に声をかけてくる。

「聖女様。またこの国に来ることがあったら、是非『イナク』に寄って下さい!」

「俺達、精一杯おもてなししますから!」

「ありがとうございます。その時はお世話になりますね」

私は2人に笑顔を向けた。
でもおそらく、もう『イナク』に行くことは無いだろう。
殿下と家族から、この国を出ていくように命令されている。出国すればもう二度この国に足を踏み入れることは出来ない。

「どうか末永くお幸せにー!」

サムとリュックのカップルを絶賛応援しているリーナは遠くなっていく2人に笑顔で手を振っている。

「男同士のカップルなんて、一体どういうつもりだ……生産性だって無いのに……」

御者台のジャンは何やら意味深なセリフをブツブツ呟いているが……うん、ここは聞かなかったことにしよう。
代りに、馬にまたがっているカインに声をかけた。

「カイン。次は何と言う町なの?」

「次の町は、この国最後の町『グラス』です。大きな港町で、ここから船に乗ればいよいよ国境を超えることが出来ます」

「え? 本当!? 港町なの? 船に乗ることが出来るの!?」

港町……船……なんて素敵な響きなのだろう。思わず笑顔になってしまう。

「何だかとても楽しそうですね、リアンナ様」

ニーナが尋ねてきた。

「それはそうよ! だって、船に乗れるのよ? 大海原を船で旅するなんて……馬車の旅もいいけど、船旅なんて素敵! ロマンがあって、ワクワクするわ」

「リアンナ様が楽しそうで、僕も嬉しいです」

カインが笑顔で私を見つめる。

「皆、気楽なものですね……俺は船酔いが今から心配ですよ」

ため息をつくジャン。

「あら、そう? だったらジャンは無理に船に乗らなくてもいいわよ。次の町でとどまったら?」

ニーナの言葉にジャンが声を上げた。

「何言ってるんだ! そんなはずないだろう!? 俺は一生リアンナ様についていくって決めてるんだからな!」

「そうなの? ありがとう、ジャン」

こんな、何も無い私についてきてくれるなんて。その気持が嬉しくて、笑顔でお礼を述べると、途端にジャンの顔が真っ赤に染まる。

「お礼なんて……よ、よして下さい!」

「私もずっと、リアンナ様についていきますからね。何しろ、私は専属メイドですから」

「ありがとう、ニーナ」

2人からそんな風に言ってもらえるなんて、私は幸せだ。

「船旅か……楽しみだわ」

私は浮かれた気分で青空を見上げた。この時の私は、すっかり油断していたのだ。

自分が殿下に狙われているということを――