─1時間後。


「橘先生、どうぞ入ってください。詩ちゃん、とっても綺麗です」


綾人が萌音に促されて寝室に入った。


小柄な女の子が、ベッドで静かに眠っている。


初めて見た、薄く化粧がされた顔。


頬にほのかに赤みが差し、うっすらと口紅も塗られている。


久しぶりに見た、顔色の良かった頃の詩だった。


カニューレを外され、ただ穏やかに眠っているかのような詩は、まるで天使のように美しかった。



「詩、きれいだよ…」


綾人が優しく詩の顔を撫でる。


冷たい頬に、命がないことを実感する。



枯れていたはずの涙が、またとめどなく流れた。



陸と萌音はそっと部屋を出る。



「詩、もう苦しくないか?本当によく頑張ったな。」


言葉は返ってこない。


「助けてやれなくてごめん。…こんなことを言ったら、怒られるか」


綾人は苦笑いをする。


「詩、心配するな。今は無力感でいっぱいだが、これからも医者として頑張るから。詩のような子を、1人でも多く助けられるように」


「ゆっくり休んでな。俺がそっちに行くまで、もう少し待っていて」



2人で過ごす最期の時間。



綾人は、詩に最期のキスをした。