「よく頑張ったな。今日で抗がん剤の1クール目は終了だ」



抗がん剤治療を行った地獄の1ヶ月を乗り越えた頃には、詩の体重は8kgも減ってしまっていた。


元々小柄で痩せていた体がさらに痩せていくのは、見ていてとても辛いものだった。


体だけではなく、詩の心も、悲鳴をあげていた。


1日が何ヶ月にも思えるほど長い。


一日中、狭い無菌室の中で、吐き気と痛みに苦しむしかない日々。


きれいな柔らかい髪の毛も、ごっそりと抜けてしまい、帽子を被らないと恥ずかしくて人に会いたくないと感じていた。


これで治るという確証もないまま、ただただ苦しみに耐える。


当初は治療に前向きに取り組んでいた詩だったが、今まで味わったことのないほどの苦痛と、いつ終わるのかわからない闘病生活に疲弊していた。



「私…一旦、家に帰りたい…」


詩が、かすれる声で綾人に訴える。


「許可できない。抗がん剤で免疫力も弱ってるし、今後の反応も見ていかないと。最低でも、あと数週間は入院してもらう」


「綾人のケチ…」


「ダメなものはダメだ」


「鬼…」


「なんとでも言え」


「…」


綾人が医師として真っ当なことを言っているのも、自分のことを思って言っていることも、わかってはいる。

しかし、治療のつらさから、つい綾人に当たってしまっていた。


─綾人に迷惑をかけたくないのに、体と心が言うことを聞かない。


早く元の生活に戻りたい。


綾人と話す元気もなかった詩は、無言で綾人にそっぽを向け、すぐに布団をかぶって横になり、綾人に見えないように隠れて泣いていた。


「何かあればすぐにナースコールを押して呼んでくれ」


「……」


返事はなかった。




─詩が良くなってさえくれれば、自分は嫌われてもいい。

でも、詩をもっと支えてやりたいのに。


俺は何も助けになれてないな。


やるせない思いのまま、医局に戻っていった。