翌日のオケ部の練習。
 またしても音響物理学的に響きの悪い席に陣取る。「ユキ」「先輩」
 先輩はするりと隣の席にかけた。「じゃあ、これ」先輩が持ち出したのは同じ意匠の木箱。外から見ただけでは違いが分からない。だからこそのものなのか。
「わたし、お祖母ちゃんに貰った時、曲名は『あなたのために』って聞いてます。もし、もしもですよ、このオルゴール二台が対になってたとすれば――」
「——『この身を捧ぐ』」
「先輩、それって」
「おれの方のオルゴールの曲名。ああ——そっかあ。そういう意味だったんかあ」先輩は顔をつるりと撫ぜ、二台のオルゴールを入れ替えた。つまり、わたしは『この身を捧ぐ』で、先輩は『あなたのために』を持つことになる。

「一応、オルゴールの方でも合わせてみるか」といい、先輩は『あなたのために』の終わりまで蓋を開けておき、曲が始まる空白で蓋を閉じた。わたしもそれに倣って蓋を開けた——が。

 紅のベルベットに、一石タイプの指輪。「先輩、この指輪って」「おれだって誰彼構わずたらしこんではないよ。あと、それは本物のダイヤでもないし——今おれができる一番が、それっていうだけ」横を向いた先輩の耳たぶはは赤くなっていたし、わたしの涙と鼻水は止めどもなく垂れてきた。

 こんな孫でごめんね、お祖母ちゃん。わたし、一日一回の約束破って二台のオルゴールの曲がぴったり揃うように何回も何回も開け閉めしている。でも、そういえばお祖母ちゃん、いってたよね。本当にどうしようもなく寂しい時は、例外だって。

 わたしいま、どうしようもなく寂しいんよ。お祖母ちゃんとのふたりの秘密がわたしとお祖母ちゃんだけのものじゃないって知って、すごく、すごく、寂しい。
 先輩のことは好きだけど、お祖母ちゃんとの宿題がこんなに片が付くのが早いなんて。

 いつまでもオレンジの豆球の世界に居たかった。
 いつまでも一切れのケンタッキーで満足できる子どもでいたかった。
 いつまでも大人にならず、あなたの孫のままで泣いたり騒いだりしたかった。

 何よりも――世界で一つだけだと思っていたのオルゴールを、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんの寵愛を、わたしだけの身に浴したかった。

 さよなら、少女のわたし。




     『オルゴール』————了