「ユッキー」
「あ、先輩。お疲れさまです」
「っていうか、練習時間になにちょこまかと移動しまくっとるん? それも音響?」
「あ、はい。一番小規模なフィールドワークっていうか、大講義室で音のいいところと悪いところ、あと、それは何に起因するかとかをレポートに書かないといけなくて」
「ふうん。そのことなら、ええ場所知ってるで」

 少々時間はオーバーしたものの、何とか先輩が階段状教室を駆け上がるまで寝ずに耐えた。「先輩」「後輩」「その呼び方変えません?」「おれもそう思うぞ、後輩」
 先輩はバックパックから何やらごそごそと探って、一台の木箱を取り出す。
「これって」
「そう。これはそれ」
「もう、こんな時に――聴かせてくれるんですか?」
「ユッキーも持って来てくれたらな」

 なに、その生殺し――アパートまでつかつかと、いや、ずんずんと歩いてオルゴールを取りだす。ぜんまいを巻く。自分の「パート」をハミングしながらベッドにうつ伏せになって眺める。

 翌朝。
 先輩は、いた。音響物理学的にたぶん最悪な場所に陣取る。先輩も気づいた。前髪はこれでいいだろうか。居住まいをただし、先輩が気付くのを待つ。
「ユッキー」
「先輩」
「オルゴール持ってきた?」
「は、はい」なに緊張してんだよ、わたし! このひとのホクロの場所まで知っているのに。ばかめ。
「交換しよう」
「は?」
「オルゴール。交換せん?」
 いや、そりゃ別にいいけど——お祖母ちゃんの大事なもの。そう思うと、おいそれとは渡しづらい。
「嫌なら嫌でいいし、あとでまた交換して元に戻してもいい。とりあえず、ここで開けんかったらそれでいいんよ」
 なるほど。
「分かりました。家に帰るまで中身は見ません。でも——これは二人の共有物にしたいです」

 帰り道――。
 やばいやばいやばい。先輩との共有財産。まるで夫婦かなにかのようだ。——夫婦? 先輩と夫婦? いや、それはない。そこまで頭の中がハッピーな人間ではない。だいたい、わたしは理系なのだ。気をしっかり保て。自室へ進め。抽斗の鍵を開け、オルゴールを取り出す。

「どうも。ひさしぶりね」
『あっ、日南姉!』
『あれからどうなったん?』
「そうね、ちょっといろいろ出来事が多くてまとめられそうもないけど——」
『これは来る――次に来るパターンや――』

「人生って、たのしいなあと」
『えっ』
『ひなっぴ、まとめすぎー』
『でも、それが日南姉でしょ』
『せや。綺麗でちょっと変ですごくズレまくっとる。ああ、日南さんが戻ってきた――』
「ちょっと、感慨にふけりすぎ。こっちはこっちで大変だったんだから」
『でもなんというか、そこはかとないしあわせムードを検知』
『同意』
「まあ——そんなところね。あとで時間ができたらボイスで」
『こっちはOK』
『うちんとこも合わせられるよ』
「じゃあ、またあとで」