「仲良く夫婦ごっこをするつもりはない。生活を共にするにあたって条件を出し合わないか?」

 理性的な提案にミトラスが片眉を上げる。

「ほぅ、良い考えですね。ですが、条件を上げだしたらキリがないのでーー1つにしませんか?」

「ひ、1つだけか?」

「えぇ、絶対に譲れないことを1つ。では貴女からどうぞ」

 返され、セミラは言葉に詰まってしまう。あれやこれや嫌な事柄は浮かぶのに、1つに絞れと言われると優先順位がつけられない。

「ふふ、騎士ならその場に応じた判断を即座に下さねば。迷いは隙を生み、足をすくわれる。数十年振りに女性が団長を務める聞いた時、僕はそこを懸念したのですよ」

「……決まった」

 セミラは静かに言う。

「どうか私を女扱いしないでくれ。私が貴殿に望むのはこれだけだ」

 喜怒哀楽をはっきり示す彼女があらゆる感情を混ぜた顔をする。怒っているのか、はたまた泣いているのか読み取らせない。

 ミトラスは一瞬その迫力に引き付けられるも、かぶりを振って自分の希望を伝える。

「貴女の希望は承知しました。私は魔術の研究を邪魔しないのが条件です」

「分かった。邪魔をしないと約束しよう」

 するとセミラはおもむろに剣を抜く。これにはミトラスも身構え、立ち上がる。

「血判を押そう。どうせ私の言葉は信じられないだろうし、私も貴殿の言葉を信じない」

「なにもそこまでーーっ」

 ミトラスとしては血判を持ち出されるほどの神聖な取り決めをする気はない。だが、ミトラスはセミラの尾を踏んでしまったのだ。

「騎士に二言はない、血判を押そう」

 彼の喉元に刃先を突き付けたまま、繰り返す。

「……分かりましたから、はぁ、剣を収めてくれませんか」