ミトラスに何ひとつ尊敬できる箇所がなければ、セミラは結婚という任務を遂行したであろう。罪悪感など持たずに済む。

 この結婚が互いの未来を狭め、結果的に国の不利益となるだろう。
 セミラは胸が苦しくなる。命令とはいえ心を欺き続けるのは不可能だ。

「ーー私はここで婚約破棄を宣言しようと思う」

「はい?」

「大丈夫、心配するな、全責任は私にある。いかなる処罰も覚悟する」

 ミトラスはセミラの思考が全く理解できない様子。セミラはいつだってミトラスの想定の斜め上を行く。しかも清々しいほど真っ直ぐに突き抜けていく。

 これまで積極的な物言いをしなかったセミラが一歩前へ踏み出したことで、会場の意識は彼女へ注がれた。

 セミラは大きく息を吸う。

「皆が知っての通り、私達は陛下に命じられ結婚する運びとなった。かねてより陛下は騎士団と魔術師達の不仲に心を痛め、結婚が2つの組織の関係修復になるとお考えだ」

 青い瞳で会場の隅々まで視線を送る。
 ミトラスの知識に基づく会話術とは別で、セミラは心と心で繋がろうと訴える。声が透っており聞き取りやすい。

「賢者殿は私が任務に忠実であると評価してくれたが、それは違う。命じられたまま従い、結婚とは何かを考えようとしなかっただけ。ちまたでは騎士団を犬と揶揄する声も多いと聞いている」

 思い当たる節がある一部の人、魔術師だろうか。セミラから目を反らす。

「私も騎士団はこのままではいけないと思う」

 副団長や団員の顔も認識し、セミラは不満げな彼等へ頷く。

「思うだけではなく、己の頭で考え、変わっていきたい。だからこそ結婚はーー」

 丁度その時だった。セミラ目掛け物体が投げ込まれる。