「僕は大賢者、知識を得ようとするならば猪であろうと祝福を与えます」

 ミトラスはセミラの髪を梳くかと思いきや、猪の被り物を撫でた。

「それはそうと私に飲ませた試薬の件だが」

 神経質な指先が毛並みを丁寧になぞられるのを見下ろす、セミラ。

「えぇ、今のところ効果は見られませんね。さて、どうしたものか」

 飲み物は空となり、容器が魔法によって光の粒に変わる。

「諦めたらどうだ?」

 惚れ薬を女王へ盛るのは反逆だ。企てが露見すれば失墜は免れない。セミラは今ならまだ間に合うと言外に込めた。

「何故?」

「なぜって、それはーーっ!」

 その時、セミラの薬指が締め付けられる。

「僕の研究の邪魔をしないで下さい」

「わ、私はただ、貴殿が」

「らしくないですよ。あぁ! もしかして薬が効いてきたのでしょうか? 魔術師を認めたくなりましたか?」

 見透かされそうになり、セミラは慌てて猪を被った。

「馬鹿を言ってくれるな! 認めるはずないだろう!」

 万が一、認めるとすれば魔術師全体じゃなくミトラス単体だ。しかしながら、そんな旨を語れるはずもなく。
 猪は腕組みし、鼻息を荒くする。

「そういえば、頂きますとごちそうさまが聞こえませんでしたが?」

「……頂きます、ごちそうさまでした」

 促され、今更両手を合わせた。

「行儀の良い猪です。もし僕が廃業に追い込まれたりでもしたら、猛獣使いになりましょうかね」

 ミトラスは先程と打って変わり、ワシャワシャと効果音付きで猪頭を撫でた。

 冗談にしろ、魔術にしか生きる道を見出だせなかった彼がこんな事を言うのは意外である。

 そして、あらゆる方向から脳内を揺さぶられるセミラはミトラスの変化に気付かない。