「よし、買ってこよう」

「私が行きます」

 ミトラスがさっと進路を防ぐ。

「せっかく若い女性で賑わっているのに、猪が列に並んだりしたら営業妨害ですよ」

 日陰をセミラに譲り、くくっと喉を鳴らす。漆黒の外套を纏わない分、表情と嫌味が柔らかい気がしないでもない。
 よろしく頼むと任せれば手を軽く翳した。

 そして、行儀よく最後尾にミトラスがつくと黄色い悲鳴が上がる。

「はぁ、仏頂面の賢者殿も乙女に囲まれれば形無しだ」

 握手を求められれば応じ、手品師みたく指を弾き花を出す振る舞いを前に肩を竦めたセミラ。

「その愛想の良さを少しでも私へーー」

 不満を連ねかけ、口を覆う。

(愛想を私にも振り撒けと言おうとしたのか? まさか!)

 そんなはずあるはずない、両頬を叩き、気の迷いを潰す。

「あ〜あ、あたしが賢者様のお嫁さんになりたかったなぁ。ううん、あたしだけじゃなく街の娘みんなが言ってます」

 頬を打つ痛みより鋭い感覚がセミラを襲う。祭りのために咲き誇った花達は猪に嫉妬している様子。

「大賢者様と騎士団長様の結婚はおとぎ話みたいでステキですけど……」

 甘い夢をみせてはくれない、そう言いたいのだ。セミラに反論する余地はなく、ミトラスも笑顔で濁すしかない。

「結婚生活は楽しいだけではありませんからね」

 無意識に耳を澄ませ、セミラは彼の発言を拾った。
 当たり障りがない一般論で好奇心を掻い潜り、戻ってきたミトラスが傾げる。

「怒ってます?」

「……どうしてそう思う?」

「僕、こうみえて女性の機微には敏感ーーっ!」