セミラは緊張を飲み込む音を気取られたくないのでハーブティーで流し込む。

「それで条件とは? 勿体つけないで早く教えてくれ」

「貴女に試薬を試して頂きたい」

「ーーえ?」

「まだ安全性を確立していないのですが。こちらの薬は我々魔術師にとって、より良い未来を切り開く可能性があるのです」

 ミトラスの手の平に小瓶が輝き現れる。彼は空っぽとなったセミラのカップへおかわりを注ぎ、その後で瓶の中身を混ぜた。
 金色のスプーンがセミラの心も掻き混ぜる。

「無味無臭です。毒性もありませんよ、理論上は」

 副団長が噂したよう、これが惚れ薬であるならば毒でしかない。それも心を蝕む劇薬だ。
 セミラは固まってしまう。

「おや? どうかされましたか? 急に顔色が冴えなくなりましたが」

「何故、私で試す?」

「毒見も騎士の領分では? いきなり女王陛下で試せないでしょう?」

 セミラは胸に手を当てて、深呼吸。ミトラスの挑発に揺らいでいる場合ではない。
 そうだ、自分が被験者となり証明してやろう。こんな薬を飲んだところで人の気持は変わらないのだと。

「どうします? 強要はしませんよ」

「飲む。飲めば祭りに、仮装大会に出るんだな?」

「えぇ、約束します」

 女王もいる祭場でミトラスの画策を暴くことがセミラの目的。

(私がこの男に惚れるなど、万が一もないはずだ)

 今日までの厳しく苦しい鍛錬を振り返り、怯むな、臆するなと鼓舞する。

 セミラはじっくり観察する瞳に見守られつつ、カップを飲み干したのだった。