私的な時間を子供達と遊んで過ごすセミラは、仮装をすることに抵抗がない。
 夫婦で祭りに出たいと陛下へ相談すれば、助力を得られるのも確信していた。

「これは研究の妨害では? 僕は忙しいのです」

 ミトラスが指輪を翳す。

「いいや、任務だ」

 セミラは勝ち誇った顔する。なにも知略を巡らすのは大賢者だけではないと。
 ハーブティーをひとくち含んで笑みを深めようとしたが、傾げた。

「……前の方が美味しかった」

「文句があるならご自分で淹れて下さい!」

「そうカリカリするな。ハーブティーを飲んで心を落ち着かせるといい」

 ちっ、ミトラスは舌打ち。それから顎に指を添えて考え始めた。
 この仕草をみ、セミラも反撃に備える。気位が高い賢者が大人しく引き下がるとは到底思えない。
 視線を書斎へ滑らせる。なんとしても例の薬の効能を確かめねばならないのだ。

「分かりました。その任務、引き受けましょう」

 少し経って、ミトラスがやけに芝居がかった声音で伝えてくる。

「おお、そうか!」

「ただし条件があります」

 すかさず人差し指を立て、にっこり微笑む。三日月型に細められた瞳の奥は仄暗く、真意を深く沈めている。

「二つ返事で快く出来ないものかね」

「貴女こそ、陛下を巻き込んで何を企んでいるのやら」

「企み? 貴殿に後ろめたさがあるからこそ、そう感じるのでは? 探られて痛くない腹なら堂々としていればいいだろう」

 セミラは顎を上げ、条件の提示を催促する。

 かしこいものと書いてーー賢者、それも相手は大賢者。ミトラスなら交渉の場において無理難題を突き付けず、飲まざる得ない条件を選ぶに違いない。