「恵美、もうすぐ海だよ!」

佳代と、もう一人の同級生で友人の真理が電車を降りて、坂道を駆け上がった。
そして、大きな声を出したのだ。
私も急いで坂を上ると、潮の香りと波の音が聞こえてきた。

「海だ!!」
「海~!」
「海に着いた!」

私達は皆で声をそろえて叫んでいた。

海に来るのは去年の夏以来で一年ぶりだ。

海からの風は涼しくて心地よい。

私は大きく息を吸った。

潮の香りで体いっぱいに海を感じる。


すると、私達の後ろから来た達也君や田中くんも大きな声で叫びながら走り出した。

「ウォー海だ!早く行くぞー!」

砂浜はすでにパラソルを立てたり、ビニールシートを広げる人たちで混雑していた。
そのため、私達は海から少し離れた浜の隅に、パラソルを立てることにした。


早速、水着に着替えて海へ向かう。

波打ち際まで近づくと少し冷たい波が脚にぶつかる。

私は浮き輪の真ん中に体を入れて、沖に向かって歩き出した。

足が地面から離れるところで海に浮かぶと、ぷかぷかと空中を漂っている様に気持ちが良い。
空をみると真っ青な空に太陽がキラキラと輝いている。

(…気持ち良いな…最高…)

波打ち際では、佳代と達也君が楽しそうにはしゃいでいた。

浮き輪に浮かんで油断していると、真理が後ろから水をかけて来た。

「やったなぁ!!」

水のかけ合い、パシャパシャと夢中になる。
子供の頃に戻った気持ちだ。

しばらく海ではしゃいだ後、喉が乾いた私は、一人で飲み物を取りにパラソルに戻った。

パラソルの中に用意された椅子に座り一休み。
皆それぞれに楽しそうにしているのが見える。


すると、そこへ見知らぬ男性が声を掛けて来たのだ。


振り返ると、少し派手で真っ黒に日焼けした男性だ。
派手な色のシャツに短パン姿だ。
口角を上げて笑っているが、目は笑っていない。
首にはゴールドの鎖がジャラジャラと揺れている。
微かにアルコールの匂いもする。

見るからに苦手なタイプだ。


「ねぇ、一人で寂しくない?」

「大丈夫です。」

「俺と遊ぼうよ。楽しませてあげるよ。」

「いいえ…結構です!」

その男は断る私の手を強引に引っ張った。

「やめてよ!!」

その様子に遠くにいた田中くんが気づいたようだ。

田中くんが走って来てくれるのが見える。

その男に向かって田中君が大きな声を出した。

「おい!何しているんだ。その子を離せよ!」

その男は、田中くんをジロリと睨むといきなり田中君の方へ向きを変えた。
次の瞬間、田中くんに向って殴りかかったのだ。

ドスッ…嫌な音がする。
田中くんは砂浜に倒されてしまった。

「田中くん!!大丈夫!!」

叫ぶ私の手を引っ張りながら、その男は歩き出した。

波打ち際に居た達也君達も気づき、駆け寄ってくれるが、男がぐいぐいと手を引いてスピードを上げた。

(…助けて!!連れて行かれる!)

男は浜辺から道路に出ると、止めてあるワゴンタイプの車へと近づいた。
そして、私が車に押し込まれそうになった時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。

「悪いですが、その子を返していただけませんか?」

男はその声のする方を睨んだ。

「はぁ…何言っているんだコイツ。」

私は恐くて目を閉じていたが、そっと目を開けてみるとそこに居たのは!!。
龍崎だったのだ。

「龍崎!助けて!!」

男は龍崎に殴りかかったが、龍崎は簡単にヒラリとそれをかわした。

龍崎は目を細めて微かに笑った。

「どうやら、痛い目に合わないと分からないようですね。」

男が龍崎に掴みかかろうとしたその時、ドスッという鈍い音ともに、男が崩れ落ちた。
そのまま動かない。

「龍崎!まさか殺してないよね!?」

私は慌てて龍崎に声を掛けた。

「恵美様、安心してください。気絶しただけです。そのうち目が覚めるでしょう。」

「…龍崎、ありがとう…来てくれて…助かった。」

「恵美様、みんなが心配していますよ。戻ってください。私は皆さんに会わないように帰りますから。」

龍崎は私の頭を優しく撫でながら笑顔を向けてくれた。
ビーチで浮かないようにと、カジュアルなTシャツ姿もレアでカッコ良すぎる。
シンプルな白のTシャツとジーンズなのにこんなにもお洒落に見えてしまうのだろうか。

近くで見ていた女性たちは、皆が龍崎を見ている。
何処に居てもイケメンは目立つのだ。

田中君や皆の声が近づいて来ると、龍崎は急ぎどこかへ消えてしまった。

すると、佳代が私に抱き着き、泣きそうになっている。

「恵美、大丈夫だった?ゴメンね…一人にしちゃって、恐かったよね!」

田中くんは、殴られた頬が赤くなっている。

「恵美、ごめんな…俺が助けられなくて…」

「みんな、大丈夫だよ。私の方こそ心配かけてごめんね。」

佳代は遠くから龍崎に気づいていたようだ。

「ねぇ、助けてくれたのは、あの人だよね?」

「違うよ…知らない人だよ。助けてくれて、すぐにどこかに行っちゃったけどね…」

私は何故かみんなに龍崎のことを言わないことにした。
言いたくない気持ちもある。

私だけの秘密にしておこうと思ったのだ。
自分だけの龍崎にしたかったのかも知れない。