夏。


恋の季節。


彼氏は…いない。


今日から夏休みが始まった。


自室にあるカレンダーはほぼ白紙。


ただひとつ、来週の水曜日に予定が書き込まれていた。


『花火大会』


隣町で毎年開催される花火大会。


駅前にたくさんの屋台が立ち並び、最後には大きな花火が夜空を彩る。


私は小さい頃からこの花火大会に行っていた。


小学生の時は家族と、中学生の時は友達と。


そして、中学3年生の時に誓った。


高校生になったら彼氏と一緒に行くと。



しかし、彼氏どころか仲のいい友達もできないまま、高校に入って2度目の夏を迎えてしまった。


昨年は雨が降っていたから行かなかった。


今年の花火大会当日の天気予報は晴れだ。


毎年行っていた花火大会に今年も行くのか。


でも、行くとしたらひとりだ。


高校に友達はいないし、中学の友達とは卒業してから連絡をとっていない。


家族は仕事だから来れない。


カレンダーとにらめっこするうちに、花火大会の日を迎えた。


行くかどうかは…まだ決めていない。


天気は予報通り晴れで、空は群青色に染められている。


現在の時刻は15時過ぎ。


花火大会は17時から始まる。


会場は隣の駅。


電車に乗って5分で着く。


しかし、行くとなればそろそろ準備を始めたいところ。



18時、私は花火大会の会場にいた。


いつもは浴衣を着ていたけれど、さすがにひとりではその勇気がなくて私服。


そしていつもと違うところがもうひとつ。


首にかけられたこれ。


高校の入学祝いで祖父母が買ってくれたカメラだ。


これで花火を撮りたいと思ったのが、花火大会に来た1番の理由だった。


花火は20時からだけど、どうせなら屋台も見ようとこの時間に来た。


会場はすでに混雑していて、歩行者天国になっている駅前の道にはたくさんの人がいた。


からあげ、たこ焼き、りんご飴。


屋台からの匂いに私のお腹も反応した。


私がここで食べるものは毎年同じだ。


じゃがバター、焼きそば、かき氷。


毎年同じ場所で同じものを食べる。


でもどうせなら今年は変えてみようと思い、目の前にあったイカ焼きのお店へ足を運んだ。



道行く人は隣にある焼きそばの屋台に夢中で、並ばずにイカ焼きを買うことができた。


食べながら進もうかと思ったけど、人が多くて無理そうだったから近くの駐車場で食べた。


この花火大会では初めて、イカ焼き自体も久しぶりに食べた。


甘じょっぱいタレがよく絡んでいて、想像よりはるかに美味しかった。


進んでいる間に、次は何を食べようかと考えた。


次はさっぱりしたものが食べたい。


そう思っていた時、目の前にきゅうりの一本漬けの屋台を見つけた。


そこも、隣の屋台がじゃがバターだったからか、あまり混んでいなかった。


端に避けて食べているうちに、人が少なくなってきた。


手元の腕時計を見ると、時刻は19時30分。


もうすぐ花火が始まる。


もう少し先に進んだところに土手がある。


多くの人がレジャーシートを敷いてそこから花火を楽しむ。



しかし私は土手へ向かう人を横目に、川と並行に歩いた。


地元民の特権と言うべきか、人のあまりいない穴場を知っていた。


途中で甘いものが食べたくなって、りんご飴を買った。


人がいっぱいいたから花火に間に合わせるために諦めようかと思ったけど、混んでいたのは隣のかき氷で、時間をかけずに買うことができた。


花火大会の会場から10分ほど歩いたところに24時間営業のスーパーがある。


このスーパーには屋上駐車場があり、花火大会の花火がよく見える。


昼間は車が行き来していることもあるが、夜はほとんど使う人がいない。


花火が上がる方角は高い建物もなく、絶好のスポット。


子供のときからこの地に住んでいる両親からの教えだ。


中学生の時もここで見たから、友達がいるのではないかと心配したけど、いなかった。



いなかった…友達は。


誰もいないと思った場所に、ひとり、男の子が立っていた。


昨年は来ていないから分からないけど、いつもは私たちだけだった。


知らない人と一緒で気まずい思いと穴場が見つかってしまった悲しさが胸に浮かんだ。


彼と少し離れた場所に立ち、夜空を見上げる。


月と星が綺麗に輝いていた。


思わずカメラを向けたけど、写真ではその綺麗さが分からなかった。


5分ほど待っていると、遠くからカウントダウンが聞こえた。


「…3!2!1!」


ヒュー……パン!


大きな花火が空に咲いた。


毎年少しづつ演出が変わるから、飽きることはない。


パン!パン!


その後も色とりどりの花火が夜空を彩った。


ファインダー越しでも肉眼でも花火を楽しんでいた。



「…の!あの!」


「へっ!」



花火に夢中になっていた私は、急に聞こえてきた声に驚いた。


振り向くと、彼がいた。


さっきは遠かったし暗かったからよく顔が見えなかったけど、花火の音に負けないように少し顔を近づけている彼はかなり整った顔立ちで、ドキッとした。



「あれって、どこかのお祭りかなにか?」


「え?」


「あ、俺最近この近くに引っ越してきたんだ。」


「あ、そういうこと。あれは隣町の花火大会です。」


「へー。今日花火大会だったんだ。」



花火を見に来たのだと思っていたけど、違ったらしい。



「どうしてこんなところにいたんですか?」


「ん?夜空が綺麗に見えるから。夜になるとここに来たくなるんだよね。」



そう言った彼は、少し寂しそうに見えた。


パン!パン!


花火はまだ上がっている。


花火を見る彼の横顔が儚くて、美しくて、目が離せなかった。