先日ヴァールに会うために学園へ侵入したことが両親たちにバレたプリンツェッスィンは大目玉を食らった。

 学園内は魔法陣を使わない転移魔法を禁止している。その規則を破ったということもあるが、もしプリンツェッスィンの身に何かがあったらと懸念したのだ。

 世界一の天才魔法使いであり、成人してからは魔力数値計測機がぶっ壊れ計測不可能になった程魔力が高いゲニーの血を引くプリンツェッスィンの魔力数値は平均値を優に超え、それはあのヴァールをも凌ぐ。

 それでもこの国の王女であるプリンツェッスィンの身は守らなければいけないし、守るべきであるのだ。

 従者であるが、護衛としてもシャイネンは優秀である。争いを好んだクリーク帝国の跡地に世界の新しい国として中立国家フリーデン王国が出来、それを統治し戦争や紛争がない平和な世界へと動くゲニーたちは戦争や争いによって私服を肥す輩の目の上のたんこぶだった。

 ゲニーたちを亡き者にと送られた刺客は数知れずで、その者たちは必然的にプリンツェッスィンやヴァールの命も狙ったのだ。

 しかし刺客に対してゲニーは絶対命を取らなかった。何ものにも変え難い生命を奪うことは平和の対極にある。なので生け捕りにし、罪を償う機会を与えたのだ。素直に罪を償う反省の色を見せる者は捕らえられた後、罰として労役させられる。殆どの刺客は生きる金欲しさにおこなった者たちで、労役期間が終わるとフリーデン王国で職を貰い一国民として暮らし始める者も多かった。中には反省の色を見せない者もいるが、その者たちにはこれ以上悪行を働くことのないよう制限する魔法を施した後、罪を償ってもらうことになっている。

「あんまり心配かけるな」
「ごめんなさい……」

 ゲニーはプリンツェッスィンを執務室に呼び、溜息をつきながら注意をした。

 ゲニーにとって愛するアンジュとの間にもうけた一人娘のプリンツェッスィンは可愛くて仕方ない。親として愛する娘は守りたいのだ。

 学園に通う者同士はお互い命に関わる攻撃が出来ないよう、入学手続きの際制約魔法を交わすようにしている。この制約魔法は攻撃できないだけではなく、学園内にいれば身を守ってくれる防御魔法でもあるのだ。

 勿論学園の来訪者もその魔法を交わすのだが、いきなり学園に押しかけたプリンツェッスィンに魔法は適用されていない。つまり制約魔法を交わしてない刺客がプリンツェッスィンの命を狙うことも可能なのだ。

「お前がこんなことするなら、学園の敷地内で殺生が一切出来ないよう制限する魔法をかけないといけない。そうすると、生物などの授業や、食事を作ることも出来ないんだ。分かるよな?」
「反省してます……」
「まあ、お前もヴァールに会いたいが為にこんなことをしでかしたんだろう……。ほら、これをやるから、それで我慢しろ」

 ゲニーはプリンツェッスィンに彼女の顔より一回り大きいサイズの立てかけられる鏡を二枚渡す。

「ただの鏡に見えるが、一方の鏡に映るものがもう一つの対の鏡に映るように魔法をかけている。まあ、通信機器だな。通信したい時は鏡の下の方にあるボタンを押せ。相手の鏡に信号が行くから。相手もそのボタンを押せば、お互い映って見えるようになる。通信してる間は音声も聞こえるから話せるぞ」
「お父様が作ったんですか?!」
「他に誰がいるんだよ。可愛いお前のために作ったんだ。今度から学園にいるヴァールに会いたかったらこれを使え、いいな?」
「ありがとうございます!!」

 うきうきとするプリンツェッスィンはスキップしながら二枚の鏡を持って執務室を出ていった。

「ツェスィーって本当にヴァールが大好きね!」
「ああ……。困るほどに、な」
「ヴァール兄様と結婚する〜! とか言い出したらどうする〜?」

 隣に居たアンジュがにやにやと笑いながらゲニーを揶揄う。

「そんなの反対するに決まってるよ。アイツらは……兄妹なんだから」
「え……?」
「だから、ツェスィーとヴァールは兄妹なんだって」
「へ? ……え? ……ま、まさか……ゲニー……」

 アンジュはそう言うと、ピタリと体を固めた。目からは生気が抜け、そのスカイブルーの瞳からはぽろぽろと涙が溢れる。静かに泣くアンジュを見てゲニーは驚いた。

「え?! なんで泣いてるの?! どうしたんだ?! アンジュ〜、泣くなよ〜。君が泣くと僕も悲しくなるんだ。ねぇ、何があったの? 教えて?」

 ゲニーは王となり、更に父親となってから言葉遣いを落ち着きがあるものに変えたのだが、妻であるアンジュや兄のヴァイスハイトたちの前では昔のような話口になる。

「もし浮気されたら……怒りが湧くと思ってたけど……怒る気になれないほど途方もなく悲しいものなのね……」

 ゲニーは妻の発言に目を白黒させた。

「は? え? 浮気って誰が? ま、まさか僕のことを言ってるの?!」
「他に誰がいるの……?」

 アンジュは涙を浮かべながら悲しそうに夫を見上げる。

「僕が浮気するわけないじゃん! 君のことを世界一愛しているし、だいたい僕は君以外の女性はきっと愛せない! そう確信するほど、君だけを愛してるんだ! 何で急にそんな話になるの?!」
「だって、ツェスィーとヴァールは兄妹なんでしょ?! ツェスィーを私が産んだのは間違いないわ! つまりヴァールがあなたの子だったってことでしょ?! まさかデーアがヴィーを裏切ってあなたと子を作るとか思えないけど、そうならないとあの子たちは兄妹にならないわ!」

 ゲニーは愛する妻にまくし立てられ、困ったような顔をした。

「アンジュ……落ち着いて。ちゃんと僕の話を聞いて? まず、訂正をさせて。確かにアイツらは兄妹だけど、それは〝遺伝子上〟兄妹なだけで、関係はちゃんと従兄妹だよ。僕もデーアも浮気してない。ちゃんとヴァールはヴィーとデーアの子だよ」
「え……?」

 アンジュはぽかんとした顔でゲニーを見る。

「僕たち四人は双子同士だよね? 双子同士の子供同士は、遺伝子的には兄弟、姉妹になるんだよ」
「そうなの?」
「うん。双子は出生自体殆ど無いからデータ数もかなり少ないけど、医学的な研究でそう発表されてる」
「そうなの……」

 ゲニーの説明を聞き、成程とアンジュも理解した。

「だから、僕は浮気はしてないよ? もう、どこをどうしたらそういう考えになるの? こんなに愛して、愛情を注いでるのにまだ僕を信じてなかったの? 本当に困ったなぁ。アンジュはもっともっと愛を伝えて注がないと信じてくれないんだね。ふふ、貪欲なアンジュも可愛い。君が信じてくれるまで、うんん、信じてからも愛情を注ぐから。今夜はいつもよりたっぷり愛してあげるからね」

 ゲニーはアンジュに今夜の情事の宣戦布告をし、愛する妻の唇に自分のそれを重ねる。家臣に示しをつけるため、家族のスペース以外の執務室など他の者が出入りするところではキスやそれ以上の行為はしないという約束をしていた二人だが、ゲニーはそれを初めて破った。

 目の前の胸を焦がすほど愛しい女性を安心させたい気持ちと、今すぐにでも愛したい気持ちが彼をそうさせたのだ。

 ただのキスで終わるはずはなく、どんどん深く交わるようにそれを続けていく。ねっとりと扇情的に貪るようにするそれは、それ自体がまるで男女の情交のようだった。

 結婚しても、子どもをもうけても、なくなることのない、寧ろ増える一方の感情は二人を狂わしていく。相手を失ったら自分も心情的にも物理的にも死んでしまうと本気で思うのだ。出会った頃は唯一無二のライバルが、今は唯一無二の存在(ひと)になっていた。

「ん……はぁ……ダメ、ここじゃダメだから……」
「なんで? 別に誰もいないよ」
「誰か来たら……」
「いいじゃん。アンジュと僕が愛し合ってるところ見せつけてやろうよ」

 夫のとんでもない発言を耳にして、アンジュは我に返る。

「見せつけられるわけないじゃない! 何考えてるの!」

 アンジュの拳がゲニーの腹にボディーブローを食らわした。

「ぐぇ!! なんで〜? いいじゃん。見られるとよく締まるっていうし? あ、別にアンジュの締まりが悪いって言ってるわけじゃないよ? 子供を産んでもアンジュのアソコの締まりは全然衰えてないし。寧ろ最近締まり良くない? 膣トレでもしてるの?」
「〜!! ゲニーのバカ! エッチ! スケベ! 変態!!」
「はいはい、バカでエッチでスケベで変態ですよ。でもそうさせたのは紛れもないアンジュだからね?」

 顔を真っ赤にして怒るアンジュを見て、ゲニーは愛おしそうにはにかんだ。

 ゲニーは皆から一目置かれ尊敬されるこの国の王で、世界一の天才魔法使いであるが、彼はたった一人の女性を心から愛するただの一人の男で、財も肩書きも能力すらもただそれに付属してるだけの些細な小さきものなのだ。それを知ってるのは目の前にいる彼女だけで、きっと彼女は目の前の彼が全てを失っても愛し続けるであろう。そして彼もまた彼女が全てを失ったとしてもそうするのだ。



 学園から戻ってきたヴァールにプリンツェッスィンは早速ゲニーから貰った鏡の一つを渡す。

「これで通信できるみたいです! ヴァール兄様が学園にいる時は、これでお話しましょう!」
「流石お父様……。あの人が出来ないことはないんじゃないかとたまに思うよ」

 ヴァールは可愛い従妹から鏡の使い方を教えてもらった。

「お父様は世界一の天才魔法使いですからね!」
「ツェスィーはお父様大好きだよね。ちょっと妬いちゃうな」

 プリンツェッスィンは父親のことを自慢げに話し、ヴァールはそれを聞いて眉を落とす。

「妬いちゃいますか? ……ツェスィーが一番大好きなのは、昔も今も、ヴァールお兄様ですよ?」
「ありがとう。嬉しいよ。僕もツェスィー程大好きになった人はいないよ。昔も今も、ツェスィーが一番大好き」

 寛容なヴァールが些細なことでヤキモチを焼いたことがプリンツェッスィンは嬉しく、胸の鼓動を早くした。

 何があっても落ち着いていて心優しい目の前の愛しい人が、自分のこととなると余裕が無くなることを知り、この人の心を一番動かすのは自分だけなのだと、心が満たされていく。

 皆に平等に接することが出来ることが長所の一つであるプリンツェッスィンが独占欲を出すのはヴァールにだけで、彼女は彼のことは絶対譲れないのだ。

「ツェスィー……」
「ふふ。ヴァールお兄様、可愛い」

 ヴァールは頬を赤く染めながら、そこをポリポリとかき目を伏せてみせた。大好きな従兄が自分にキスがしたいのが手を取るように分かり、プリンツェッスィンから笑みがこぼれる。

「何か複雑だな……」
「可愛いってことがですか?」
「うん……だって世界一可愛いツェスィーから、可愛いって言われるのはなんかね。僕男だし」

 ヴァールは唇を少し尖らしながら、拗ねてみせた。その行為もツェスィーのいう可愛いなのだが、彼女はその言葉を飲み込む。

「じゃあ、言い換えますね。『愛おしい』です。胸が苦しくなるほど、愛おしいんです。それが『可愛い』なんですよ」

 プリンツェッスィンもヴァール言いながら自分自身にも言い聞かせた。彼女は自分に言い聞かせながらそうか可愛いというのはそういう事なのかと腑に落ちる。それは彼も同じことで、可愛い従妹から初めてものを教えてもらったのだ。

 ヴァールは二人で座ってるソファーの前のローテーブルの上にあるアイスペールからトングを使って氷を手の上に出す。それを指で挟み、口に含んだ。

「ツェスィー、口開けて?」

 そしてヴァールは自分の口に含んでた氷を愛しい少女に口移しする。

 ひんやりとした氷をお互いの熱が溶かし合った。氷をころころと渡し合い、段々とそれは溶け小さくなっていく。

「溶けちゃったね……」
「はい……」

 目線だけでもう一個と伝え合い、また一つヴァールは氷を口に含んだ。

 今度はそれを含みながら、プリンツェッスィンの首筋を吸い付く。

「ひゃっ……」

 ひんやりとした唇はプリンツェッスィンを性的にぞくぞくさせた。

「大丈夫、跡は付けないから」

 にこりとヴァールは優しいほほ笑みをしてるはずなのに、プリンツェッスィンは少し怖く思えてくる。優しい彼に潜む何かを感じ、背筋を粟立たせた。

「ん……はぁ……」
「ふ……ぁ……」

 もう何個目の氷か分からないほどそれを口移しで交換し合う。段々氷の冷たさで舌が痺れてくるが、その鈍い痛みですら愛おしく感じた。とうとうアイスペールは空になったのだった。