あれから一年が経ち、プリンツェッスィンは十歳、ヴァールは十六歳で四年生になった。

 元々失敗や経験から学ぶのが上手かったヴァールは、学友たちとも上手に交流できるようになり、学園生活がもっと楽しくなっていく。そして監督生補佐に抜擢された。

 監督生補佐とは、校長から権限を与えられる生徒十二人のうち六学年から選挙で選ばれる生徒会長一人、それを支える副会長一人書記二名の下に属する、五学年からなる監督生四人の手足となって動く部下で、四学年から四名選出される者たちのことだ。生徒会長と副会長、書記二名は選挙で選ばれるのだが、監督生は生徒会長たち四人が抜擢することになっている。またその選ばれた監督生が監督生補佐を生徒の中から選ぶのだ。

 大体成績優秀者が監督生と監督生補佐になるので、筆記実技共に学年一位のヴァールは必然的に監督生補佐になる。

 物腰が柔らかなヴァールは生徒の意見を吸うのが得意で、よく相談をもちかけられた。人が良い彼は親身になり過ぎて自分自身が疲れてしまうのが難点だが、その心遣いに救われた生徒たちは数知れないのだ。

 監督生補佐筆頭のヴァールと仲が良いレッヒェルン、ビブリオテーク、グレンツェンも監督生補佐に抜擢される。筆記の点は四人の中で一番下だが平均は優に超える学力で剣術体術に優れるレッヒェルンと、剣術体術は得意ではないが筆記の点ではヴァールに次ぐ秀才のビブリオテーク、昔から鍛えてきた体と野性的感を十分活かしきるグレンツェンは、筆記剣術体術は勿論、魔法実技ではヴァールに時たま勝つことがある程の持ち主で必然的に監督生補佐に選ばれた。

 黙ってればそれなりに顔が整ってる硬派に見えるレッヒェルンと顔はごくごく普通だが、眼鏡から覗く知的な雰囲気が顔の顔面偏差値を爆上げしてるビブリオテーク、そして右目を隠すように長い前髪がミステリアスでカッコイイと言われるグレンツェンは、ヴァールと並んで女子から熱い眼差しを向けられる。

 だがやはり王甥である地位と、優しい穏やかな性格、誰にも負けない学力と剣術体術、魔法の才能を持ってるヴァールが学園一モテているのは揺るがない事実であった。

「坊、また女子に告られてたな。モテるやつも大変だな〜」
「グレンだってモテてるでしょ」
「まあな。俺は割り切ってるけど、坊の場合振ると相手を傷つけたかもとか、泣いてるんじゃないかとか余計なこと考えるから心配なんだよ」

 ヴァールは昔から自分を知る従者に、痛いところを突かれる。

「ヴァールは気にし過ぎなんです。そんな相手も見込みあって告白してるわけじゃないんですし、気にする必要ないんですよ。中には落とせたら勝ちと賭け事をして告白する女もいるみたいですし」
「千人斬りの男ってカッコイイと思うんだがなぁ。でも本人は全然嬉しそうじゃないんだよなぁ」

 告白してくる相手を分析し、ヴァールに気にするなと言うビブリオテークと、レッヒェルンは純粋に鬼のようにモテるヴァールを羨ましがった。

「千人斬り……プッ。坊は何も経験ないぜ? 可愛いお姫様に一途だからな! あ、でもキスはあるか」
「王族なんだから、経験ある方が問題なの! 大体グレンはどうなのさ。見てる感じシャイネンとしてるとは思えないけど……」

 主人を揶揄うグレンツェンはしっぺ返しを受ける。

「あーえー。まあ……俺たちのやり取り見りゃわかるだろ。キスすらねーよ」

 一見遊んでそうなグレンツェンが誰ともキスすらしたことがないことを知ったレッヒェルンとビブリオテークは目の前で蹲る、一人の女性を一途に思う親友を同情の目で見るのだった。

「そんな気にすることないですよ。私も貴族として婚外子を設ける訳にはいかないので、誰とも性交してません。キスは求められたことはありますが、変に期待させると後々怖いので全て断ってます」
「俺は小さな時、知り合いの女に無理やりファーストキスを奪われそうになったのが結構トラウマでさぁ、いざ女の子と面と向かおうと思うと気が引けんだよなぁ。大丈夫、俺らもグレンと同じだ」

 何故かここでキスさえもしたことがない男たちの同盟が組まれ、好きな女の子と毎日キスをしてるヴァールは肩身が狭くなる。

「なぁ、経験者よ。キスってどんな感じだぁ?」

 いきなりレッヒェルンにキスとはどういうものかと聞かれ、ヴァールは狼狽えた。

「えっと……。感触はとっても柔らかくて、マシュマロみたい、かな。してる間は本当に幸せで、頭がふわふわするんだ」

 プリンツェッスィンとのキスを思い出しながらヴァールは三人に説明する。

「で、アッチも元気になると」

 下品なことを言うグレンツェンをヴァールはじとりと睨みつけた。

「俺たちは健全な十六歳の青年だぜ?! そりゃアッチのことに興味無いわけがない! あわよくば好きな子とあっはんうっふんしたいと思うのが、男だろ?!」
「グレンの好きなシャイネンちゃんはまだ十一歳だろぉ? 犯罪臭しかねぇなぁ……」

 シャイネンと関係を持ちたいと声を大にして言うグレンツェンに、レッヒェルンがドン引きながら言う。

「は? なら坊なんて六歳差だぜ? そっちの方が犯罪だろ」
「貴族社会では六歳下の女性を娶るのは別に変でもなんでもないですよ。十歳下なんてよくある事です」
「げぇ。みんなロリコンかよぉ」

 自分より主人の方が変態だと言わんばかりのグレンツェンに加勢するように貴族社会の傾向をビブリオテークが説明した。そして家庭的なちょっと年上の女性が好みのレッヒェルンは突きつけられた事実に呆れるのだった。

 そんな話をしていたヴァールたち四人は監督生補佐の部屋に入る。生徒会長たち四人は一人一つの部屋を与えられ、監督生は二人で一つの部屋が与えられることになっていて、監督生補佐は四人で一つの部屋が与えられるのだ。

 部屋に入ったヴァールは自分に当たる衝撃に驚いた。自分目掛けて、何かが突進してきたのだ。

「ヴァール兄様!」

 それは紛れもなくヴァールの愛しいお姫様で、彼の腰に手を回し抱きついている。

「ツェスィー、何で学園(ここ)にいるの?!」
「ヴァールお兄様に会いたくて来ました!」

 プリンツェッスィンはこてんと首を傾け微笑んだ。

「おい、シャイネン。お前がいるのに何故姫さんをここに連れ出した?」
「私は姫様の願い事は全て叶えるつもりなので」

 睨み合ってるグレンツェンとシャイネンが今にも喧嘩しそうになり、ヴァールが二人を止める。

「まあまあ、ツェスィーが僕たち以外の生徒に見つからなかったからいいよ。でも……」

 ヴァールは眉を下げ、プリンツェッスィンを見た。

「ツェスィー……その格好は、何?」

 勝手に学園へ来たことを注意をしようとしたのに、プリンツェッスィンの格好を見てつい本音がポロリと出てしまう。

「格好……? ああ、制服のことですね! 紛れ込むために着てみました!」

 焦げ茶のケープコートの下に薄茶色のワンピース姿のプリンツェッスィンはくるりとその場で回ってみせた。だが、十歳にしては些か小柄なプリンツェッスィンにとって十二歳以上用の女子の制服は大きすぎて、スカート丈は膝下のはずなのに彼女には長過ぎて床を引きずっている。袖も長く、だらんと萌え袖になっていた。

「どうですか? 似合ってますか?」

 萌え袖を合わせ、上目遣いで大好きな人を見つめるプリンツェッスィンの可愛さは尋常(じんじょう)ではなく、ヴァールは息を飲む。

「凄く……可愛い」

 ボソッと本音が出たヴァールは、顔を赤らめ前腕で口を覆い顔を逸らしてしまった。

「あ〜、坊。そういうことはいいから、この二人を城に戻さなきゃ。ま、でも確かに……坊の気持ちは分からなくもないが……」

 グレンツェンは分からないように、横目でチラリとプリンツェッスィン程ダボダボではないが、袖や丈を余らせているシャイネンを見る。

「へぇ〜! この子がプリンツェッスィン王女様か? で、君がシャイネンちゃんかぁ!」

 後ろにいたレッヒェルンはそう言い、ビブリオテークと共にじろじろと女子二人を見た。

「誰この人たち……」
「坊の学友で親友の、有名な豪商の息子のレッヒェルン・シュヴェールトと、ビブリオテーク・シュトゥーディウム侯爵子息だ」
「ふーん。……挨拶遅れましてすみません。私はプリンツェッスィン王女付き従者のシャイネンと申します。姓は事情があってありませんので、そのままシャイネンとお呼びください」

 グレンツェンは友人二人を説明する。最初あっそうとばかりの冷たい返事をしたシャイネンは、直ぐに猫をかぶり王城で身についた綺麗な所作でお辞儀をした。花のようににこりと笑う、赤褐色の肩甲骨までのウェーブした髪を持つ深緑の瞳の少女は、まだ残るあどけなさと段々と大人に変化しゆく乙女特有の独特の色気を振りまく。シャイネンのあまりの美しさに、レッヒェルンとビブリオテークは息を飲んだ。

「おい。お前余計な愛想振りまくな。気持ちわりぃ」

 自分の好きな子が親友二人から異性を見る目で見られ、グレンツェンは嫉妬でイラつき、ついシャイネンに強く当たってしまう。

 シャイネンのことを普段可愛いだの好きだの、あまつさえ体の関係を持ちたいと言っている男の台詞とは思えない発言を聞き、レッヒェルンもビブリオテークも目の前の体を逞しく鍛えている美丈夫を哀れな目で見つめた。

「ツンデレにも程があるなぁ」
「ツンデレというより、ただのツンですね。デレが一切ありません」
「お兄さんたち面白いジョークですね。優しいフォローありがとうございます。良いんですよ。グレンはいつもこうなので慣れました」

 レッヒェルンとビブリオテークは本音を言っただけなのだが、シャイネンには冷たく当たるグレンツェンを見て、二人が気を使ってフォローしてくれたと受け取る。

 そうしてるとヴァールにじゃれていたプリンツェッスィンがレッヒェルンとビブリオテークに気付き、挨拶をした。

「レッヒェルンさん、ビブリオテークさん、初めまして! 私はプリンツェッスィン・フリーデンです。ヴァールお兄様がいつもお世話になり感謝してます。これからも兄様と仲良くしてくれると嬉しいです」

 笑顔で手を組み合わせ、片頬に添える姿は愛らしい小さな天使のようで、プリンツェッスィンのあまりの可愛さにレッヒェルンとビブリオテークは目を奪われる。小さな天使がいるとしか思えない、神々しさをも感じる可憐な少女を目の前にし、二人は体が硬直してしまった。

「流石、姫さん。エーデルシュタイン王国の現王が王子だった頃その妃にとの話が上がっていた程美しく聡明で、女性で世界初の宰相補佐の役職に着いたデーア様の姪であり、その妹君である世界で数人しかいない聖女で正妃のアンジュ様譲りの美しさと愛らしさを受け継ぎ、父である現王ゲニー様の端正な顔立ちを彷彿させるような目鼻立ち、伯父のこれまた整った顔面偏差値が高い宰相ヴァイスハイト様の血も色濃く受け継いだ誰もが息を飲む超絶美少女……! 通称フリーデン王国が生んだ幼女姫!!」

 前半は褒めてるのが分かるが、最後面白おかしくたたき落とす発言をする辺り、やはりグレンツェンである。それを聞いたシャイネンにゴミを見るような目で睨まれ、足に蹴りを入れられた。

「姫様はいつまでも可愛らしいだけで、幼女ではないの。ちゃんと十歳の愛らしい少女よ。お前のその腐った目、ほじくり出して足で潰してやろうか?」

 シャイネンの殺気立った発言を聞き、レッヒェルンとビブリオテークも空笑いし、緊張も解けていく。

「ね? 言った通りでしょ? 姿絵の何億倍も可愛いんだ」

 プリンツェッスィンはヴァールに手放しで褒められながら、従兄の親友に紹介され頬を赤く染めた。

「確かに可愛いですね。まるで天使がまいおりたようですよ。これはヴァールが夢中になり骨抜きにされるのも分かる気がします」
「プリンツェッスィン王女様も可愛いけど、シャイネンちゃんも超絶美少女だよな。将来が楽しみだなぁ。グレンに虐められたらこのレッヒェルンお兄ちゃんに言えよ! 剣で真っ二つにしてやるから!」

 あまり異性を褒めることをしないビブリオテークでさえ、プリンツェッスィンの可愛さを褒めたくなる。レッヒェルンはハハハと豪快に笑い、シャイネンを褒めながらグレンツェンを揶揄った。

 目の前の男二人の人柄を垣間見たプリンツェッスィンとシャイネンは自分の大切な人を預けてもいい人達であることを認識する。

 プリンツェッスィンはヴァールに学園で会えて満足したのか、シャイネンと共に城内へ戻るために転移し、目の前から消えていった。

「ヴァールとグレンって超面食いなんだなぁ。度が過ぎるほどの、な」
「あんな可愛い子を毎日見てたら、学園にいる子なんて芋か南瓜としか思えないでしょうね。理想が高すぎてある意味可哀想です」

 ちょっと引くような顔をされ、ヴァールもグレンツェンも釈然とした心持ちになる。

「シャイネンは確かに顔可愛けどさー、アイツの一番可愛いところは別なんだよ。いつもは素直じゃなくてツンツンしてるのに、たまーにほんの少しデレるギャップがたまんねぇんだよ。根は優しいやつだから、見放したりとかしない意外と面倒見の良い奴だしな。アイツに世話焼いてもらうの地味に好きなんだよねー。あ〜、一生世話焼いて欲しいわ〜」
「ツェスィーもすっごく可愛い顔してるけど、素直で明るくて優しくて性格も可愛いんだ。もしツェスィーが今のような顔立ちをしてなくても、好きになってたよ。ツェスィーに兄様ってあの燃えるようなスカーレットの瞳で見つめられながら言われると、何でも叶えてあげたくなっちゃうんだ。ツェスィーの望みを叶えるのが僕の望みだからね」

 レッヒェルンとビブリオテークは、デレデレに意中の女の子が好きな目の前の端正な顔立ちの青年二人を見た。グレンツェンはもしシャイネンと結ばれたら完全に尻に敷かれるし、ヴァールはプリンツェッスィンが悪女になったら彼女の為に国をも滅ぼしかねないと背筋がぞっとする。

 そしてあの少女たちが、親友二人のためにも清らかな心の持ち主になるよう、切に願うのだった。