それからヴァールは学校でレッヒェルンとビブリオテーク、グレンツェンの四人でよく行動するようになった。

 グレンツェンはレッヒェルンとビブリオテークをいけ好かないやつと思っていたが、四人で過ごすうちに少しづつ二人に心を許すようになる。またレッヒェルンとビブリオテークも身元が不確かなグレンツェンを警戒してたが、ヴァールに対する忠誠心などを見て信用を置けるやつだと思うようになった。

 ヴァールは二人と一人が段々と仲良くなっていき、自分の事のように嬉しく思う。自分の好きな人が、また自分の好きな人を好きになってくれて嬉しいのだ。

 レッヒェルンはヴァール様、ビブリオテークはヴァール殿下と呼んでいたが、ヴァールが呼び捨てがいいと言ってきたので、公でなければという前提でヴァールと呼び捨てで呼ぶことになった。またグレンツェンのことはグレンと呼ぶようになり、レッヒェルンの愛称のレッヒェ、ビブリオテークの愛称のビリーもヴァールとその従者に許可をする。

 三年生になり、初夏生まれのヴァールは十五歳になった。その日は学園の中庭にある芝生の上に大きい布を引き、昼食をとることにする。

「なぁなぁ。この間、隣のクラスの女子に告白されてただろ?」
「あ? ああ、何だ知ってたのかよ」

 レッヒェルンが面白そうにグレンツェンの腕を(つつ)きながらニヤニヤと笑った。

「グレンモテるんだね。男から見てもかっこいいもんね!」

 ヴァールは自分の自慢の親友兼従者がモテていることを純粋に喜んだ。

「で? なんて返したんだよ?」
「は? なんてって?」
「だから! 告白オーケーしたのか、振ったのかってことだよ!」
「……振った」
「はぁあああ?! だって告白してきた女子って学年一モテてる高嶺の花だろ?! は?! まさか……お前男が好きなのか?!」
「んなわけねーだろ。まあ、坊なら考えてやってもいいけどなぁ〜」

 学年一モテる可愛い女子を振った事実を受け入れられないレッヒェルンはグレンツェンを男色家と疑う。しかも悪ノリするグレンツェンはヴァールならいけると言うので話がややこしくなった。

「グレン……あんまり誤解を招くようなことを言わない方がいいよ」

 主人に憐れむ目で見られ、グレンツェンも少しは反省の色を見せる。

「グレンは男色家ではないよ。ちゃんと好きな女の子もいるし」

 ヴァールの爆弾発言を聞き、それまで恋愛話なんてアホらしいと話題に入ってこなかったビブリオテークでさえ、前のめりで話を聞こうとした。

「はぁあああ?! 坊! 意味わかんないこと言うなよ! シャイの事なんて好きじゃねーし!!」

 それまで余裕ぶっていたグレンツェンが焦りだす。

「ごめん。カマかけてみた……」

 てへっと舌をぺろりと出して首を傾ける主人を従者は恨めしそうに睨みつけた。

「ヴァールもやるようになりましたね! 凄い成長です。そうやって人から情報を聞き出すのも、王族として必要だと思いますよ」

 ビブリオテークは親友の狡猾(こうかつ)な成長を手放しで喜ぶ。

「で? そのシャイちゃんって誰なんだぁ? この学園の子か? お前も中々にイケメンだが、その子も可愛い子なのかよぉ? いくつ?」

 レッヒェルンがこれは面白くなったと言わんばかりの顔をしてグレンツェンを質問攻めにした。

「これ……話さないとダメなやつか?」
「僕ね、グレンとそういう話してみたかったんだ。ほら、僕ばっかりじゃない? だから、ね?」

 腹を括らないといけないのかとヴァールに聞いたグレンツェンは、主人からあとの二人には聞こえないような小さな声で前から恋バナがしたかったと言われ、自分のことを従者ではなく友達と思ってくれることを素直に嬉しく思う。

「あーくそっ! シャイはシャイネンのことだよ。この学園の子じゃない。あーでも後三年後に入学するぜ。年齢的には二年後なんだけど、まぁ事情があってな。顔は……普通に……可愛いんじゃね? 因みに今十歳だよ」

 そしてついにシャイネンのことを好きだと認めたグレンツェンを見て、ヴァールも嬉しく思った。大切な親友の恋が成就して欲しいと切に願う。

「高嶺の花を振ってまでも好きな女の子ってどんだけ美人なんだよぉ! ってか十歳?! お前……ロリコンかよ……」

 レッヒェルンはそこそこ引いた目をしながら、グレンツェンを見た。

「俺がロリコンなら……」

 坊はなんなんだと続けたいグレンツェンだが、主人の恋模様は勝手に言いたくはないし、ヴァールの場合国を揺るがすかもしれない情報である。下手げに言えないのだ。

「おい、色々ずけずけと聞いてきたが、レッヒェは好きな女とかいるのか?」
「いねぇなぁ!」
「くそつまんねー」

 聞いてきたのに自分はいないのかとグレンツェンはイラついた。

「好きな女性がいなくても、好きなタイプの女性なら言えるでしょう?」

 やっと発言したビブリオテークがレッヒェルンに問う。

「好きな女性のタイプ……ねぇ? 俺の家が金持ちだから近づいてくる女は嫌だなぁ。吐き気がする。まぁ、強いて言えば、家庭的な一緒にいて癒される女かなぁ」
「へー! 家庭的な女が好きなのかよ。意外でウケる」
「は? 何だよ意外って」
「お前のことだから、一緒に剣を合わせることが出来るやつとか言いそうだから」
「ははは! まあそれも悪くないな! で、ビリーよぉ。お前はどうなんだぁ?」

 ビブリオテークはグレンツェンから揶揄われるのが(しゃく)に障ったレッヒェルンに道連れにされた。

「私ですか……? そうですね、先ず馬鹿な子は嫌いです。これは知能的なこともそうなんですが、人として愚かな人は頂けませんね。後は……顔など容姿が生理的に受け付けられなくなければ、別に他は多くを望みません。今好みを述べましたが、所詮私は侯爵家跡取りとして政略結婚するでしょうし、叶わない夢を見るほど馬鹿げてる事はないので、これ以上は黙秘させていただきます」

 ビブリオテークなりに思ってることがあることを汲み取れたヴァールは、目の前の賢い親友が幸せな結婚が出来ることを切に願う。

「お前も大変なんだな……まあ、それより大変なやつも居そうだけど」

 珍しくグレンツェンがビブリオテークに同情した。男だって出来れば好きな女と添い遂げたいもので、それが出自のせいで成しえないというのは悲しいことである。そしてグレンツェンが言ったそれより大変なやつとは他ならないヴァールのことであった。

「で? で! で!! ヴァールお前の番だぞぉ! 世の女が喉から手が出る程その妻の座を欲しがる、この国一番のモテ男の好きなタイプ、そして好きな女は誰なんだよぉ!」
「え……」

 とうとう自分に来たかとヴァールは冷や汗をかく。プリンツェッスィンとのことは、二人の従者しかしらないトップシークレットだ。まだ叔父である国王ゲニーたちにも話してない。何となくまだ話さない方がいいのではないかと第六感にピンと来るものがあるのだ。

「あー、坊は国家機密だから、ダァメ!」
「はぁ? ってことはグレンは知ってんのかよぉ! ずりぃ! 俺だってヴァールの親友だ! 不公平だ!」
「俺だって従者じゃなかったら知らなかったし。坊はそういうのでお前たちのことを除け者にするやつじゃねーよ。立場上言えないだけだ。それはお前も分かってんじゃね?」

 グレンツェンはちゃんとヴァールがレッヒェルンを信頼してるということを遠回しに分からせる。レッヒェルンも残念がるが、納得した。

「グレン……僕はレッヒェとビリーに言いたいけど、ダメかな?」
「は?! いや、ダメだろ! もしかしてもしかしなくても、国家を揺るがすかもしんねーんだぞ?!」

 主人の意外な発言に、グレンツェンは目を白黒させる。

「この二年間、二人の誠実な人柄を側で見てきて、信頼における人だと分かった。もし……もし僕が家臣を持つなら、この二人に側で支えて欲しいんだ。まず主君が信用しなかったら、家臣に信用はされないよ」

 ヴァールらしい、全てを包むような慈愛の笑みを浮かべた。

「分かったぜ。まぁ、坊の敵になったらお前たちだとしても殺ることは躊躇わねーから、そこんとこよろしくな!」

 脅しを利かせるあたりグレンツェンらしく、ヴァールたち三人は笑ってしまう。折角脅したのに笑われ、グレンツェンは不貞腐れた。

 念の為に、半径一メートルに音を遮断するバリアを張り、外に音が漏れないようにする。

「僕の好きな人は……プリンツェッスィン王女だよ。彼女が生まれて、彼女を初めて見た時から好きなんだ。雛が初めて見たものを親と認識するかのように懐いてきてね。すっごく可愛いの。目に入れても痛くないってこのことなんだなって実感するよ。出来れば結婚したいと思ってる。まだ両親たちには僕たちのこと言えてないんだけど……国民の成人年齢である十八歳を迎えたらちゃんと言おうと思ってるんだ」

 少し目を伏せながら、顔を赤らめる目の前の美しい青年を三人が見つめた。グレンツェンはヴァールがプリンツェッスィンを好きなことは前々から知っていたが、初めて好きになったきっかけを知り、驚愕する。残る二人もまさか生まれたばかりの赤子を好きになるという衝撃的な内容に色々思うところがあるが、僕たちのことという言葉から二人は両思いなのだろうと推測し、親友が好きな人と両思いでいることを心から祝福した。

「王女もヴァールのことが好きなのでしょう? 従兄妹なので違法ではないですし、親友の私から見てもヴァールはとても優秀で将来の王として申し分ありません。寧ろ何故そうなのに御両親たちに言わないのかが謎ですよ。王女もそろそろ婚約者を決めなきゃいけなくなるでしょう? 婚約者が決まる前に言わなくてはややこしくなりますよ」

 ビブリオテークに痛いところを突かれ、ヴァールは空笑いをする。

「ん〜。何か……言っちゃダメな気がするんだ。何となくなんだけど、お父様つまり現王も、父上もどことなく僕がツェスィーつまりプリンツェッスィン王女を異性として見ることを嫌がるんだよ。小さい時は、可愛い娘が取られるのが嫌なのかなって思ってたんだけど、あの二人がそんなちっちゃい事でそうするとは思えないし……。何かあるのかなって。僕やツェスィーに言えない何かがあるんだと思う。だから、今は言えないんだ」

 この世の女性で落ちない女、ヴァールが望めば添い遂げられない女は居ないだろうと謳われる男でも、添い遂げるのが難しい女性がいることを知り、三人は黙り込んでしまう。良い言葉、かける言葉が思いつかず、黙り込んでしまうほど三人にとってヴァールは大切な友達であった。

「今度ツェスィーに会ってみる? グレンは毎日会ってるけど、二人は姿絵しか見たことないでしょ? 姿絵より何億倍も可愛いんだよ!」

 場の空気が重くなったのを感じたヴァールは明るい話題を提供しようとする。

「もし……もしヴァールがプリンツェッスィン王女と添い遂げるのが難しくなったら、私は全権力、財と己の能力を駆使して、力になります」
「俺も、お貴族様よりある財と、人脈の広さを駆使して協力するぜぇ!」
「坊! 俺は、反対するやつ皆殺しにしてやるから安心しろよ!」

 ビブリオテーク、レッヒェルン、そしてグレンツェンの温かい言葉を聞き、ヴァールは胸がいっぱいになった。

「ありがとう……僕は君たちを親友に持てて、世界一の果報者だよ」

 目に涙をうかべるヴァールに三人は抱きつく。十五の青年たちがじゃれてる姿はとも微笑ましく、音を遮断し姿しか見えない周りの生徒、特に女生徒たちは黄色い声を上げるのだった。