「これから班員のみんなで、各釜でパンを焼いてそれに合うおかずを作ってください。時間は十二時の鐘が鳴るまでです。では始めてください」

 教師の合図と共に一年生は各調理台へ散り散りになる。今回の授業はフリーデン王国にある無人島での野外学習で、二日間にわたって行われることになっていた。一日目は野外調理、二日目は指定された薬草を班員で協力しながら採集する授業だ。

 新入生が互いに親睦を深めるために行われるこの行事だが、何かと味方が居ないヴァールには不安要素しかないイベントであった。

「坊、睨みを利かせなきゃアイツら付け上がるぜ」
「別に争う気ないし……」

 好戦的なグレンツェンにそう耳打ちされ、ヴァールは溜息をつく。そしていつの間にか班員の女子四人に囲まれていた。

「ヴァール様は何の食べ物が好きなんですか?」
「ヴァール殿下はいつも何を食べられてるのですか?」
「あなた達ばかり狡いわよ! ねぇ、殿下! 紅茶クッキーがお好きと聞きまして、作ってきましたの」
「は?! 抜けがけするんじゃないわよ! ヴァールさまぁ〜。(わたくし)疲れてしまいましたわぁ。あちらで一緒に休みません?」

 班の女子全員から色目を使われ、ヴァールはほとほと嫌になるが、表面上取り繕いながら上手くスルーしていく。

「ごめんね、あまりそういうことは言うなって言われてるんだ。クッキーも僕だけが貰うのは皆に悪いから残念だけど遠慮しておくね。好きなものだけど、素敵な君たちと食べるものなら何でも美味しく感じられると思うよ」

 ふわりと笑いながら腕に縋り付く彼女たちの手を取り、上手く体から剥がしていく様は手馴れていて、流石国一番のモテ男である。ゲニーもヴァイスハイトもかなりモテるが、既婚者という事と愛妻家で有名なので負け戦と知って割って入ろうとする者は少なく、将来有望株のヴァールが十二歳にも関わらず国一番モテているのが現状だ。

「王甥かなんかしらないですけど、女と遊ぶ暇があったら昼食のこと決めたいんですよね。時間までに作らないと成績に響くんですよ」

 ヴァールをギロリと睨みつけるのは、ビブリオテーク・シュトゥーディウム侯爵子息で、焦げ茶髪に同じ色の瞳を持ち銀色のフレームの眼鏡をかけている。座学の成績はヴァールに次ぐ学年二位の好成績を収める秀才だ。

「ははは! ビリー、素直に女子と仲良くしててずり〜! って言えばぁ?」

 豪快に笑い、ビブリオテークをビリーと愛称で呼ぶガタイが良く、短く切り添えた赤髪に同じ色の瞳の大男はレッヒェルン・シュヴェールトで、平民だが豪商の親を持ち貴族の知り合いも多い。二人は平民と貴族であるが、親同士が仲良く幼い時からの知り合いで親友同士であるのだ。

「レッヒェと一緒にしないでください」

 レッヒェことレッヒェルンに揶揄われ、ビブリオテークは更に不機嫌になる。

「ごめんね。遅れたけど今から決めようか。材料から推測して、カレーとチャパティなんてどうかな? 異国の食べ物だよ。異色だし他の班が作るとは思えないから、発想力も高得点貰えそうだし、評価点数も高くなるとは思うけど。どうかな?」
「チャパティ? カレーはナンで食べるだろぉ?」

 ヴァールが提案をしたカレーは馴染みない異国の料理であるが、豪商の息子であるレッヒェルンは何度か食べたことがあった。

「この国にはナンがカレーに添えられてるのがメジャーだけど、本場の国民が日常的に食べているのはチャパティなんだ。チャパティは生地に全粒粉を使っいて発酵させずにフライパンで焼いて作れるんだよ。ナンは縦型の釜を使うから、ここにある横型の釜じゃ作れない。それに小麦粉の生地をイーストを使って発酵させるから、時間がかかるしね」

 チャパティを説明したヴァールは、自分を除く班員七人全員の賛同を得る。今回は多数決でチキンカレーにすることになり、まずねかせる時間があるチャパティから作り始めることになった。

 班員はヴァールの説明を聞きながら生地をこねていく。ねかせている間にカレーを作ることにした。

 ヴァールに指導されながらホールスパイスとパウダースパイスから作る本格的なカレーを作った班員は、鍋から香るスパイシーな香りに舌なめずりをする。

 その香りは班員だけではなく、周りで調理をしている生徒たちも(よだれ)を垂らすほどだ。

 カレーを作ってる間に十分生地をねかせることが出来たので、生地を伸ばしてそれをフライパンで焼いていった。

「さて! 食べようか!」
「「いただきます!!」」

 ヴァールの号令と共に、班員がいただきますの挨拶をする。

「うま!!」
「悪くないですね!」

 ヴァールに悪態をついていたレッヒェルンとビブリオテークも手放しに褒めた。

 班員の女子たちも美味しそうに食べる。グレンツェンなんて早々とおかわりをする程だ。

「なぁ、王甥なのに何でこんなに料理出来んだ?」
「確かにそれは気になりますね……。普通王族が料理なんてするでしょうか? 上げ膳据え膳でしょうに」

 レッヒェルンとビブリオテークは不思議そうにし、ヴァールに問う。

「ん〜、確かに食事は料理長たちが作ってくれるんだけど、よくツェスィー……プリンツェッスィン王女に僕の料理が食べたいって強請られてね。彼女、舌が肥えてるから満足させるの大変なんだよ。でも美味しい美味しいって食べる姿が可愛いんだ」

 ヴァールは愛おしそうに、頬を赤く染めながらレッヒェルンとビブリオテークに話していった。まるで恋人のことを話してる様に取れる仕草を見て、グレンツェンが危機感を感じフォローを入れる。

「坊って本当シスコンでさ〜! 困っちゃうよな!」

 そう言いながら腕でツンツンとヴァールを(つつ)いた。

「坊、その顔やめろ。姫さんとの関係がバレるぞ」

 そしてヴァールに囁き注意する。

 鍋にはまだカレーがたんまりと残っていたので、周りにいる班員ではない生徒たちにも配ってあげることにした。同じ釜の飯を食うことにより、ヴァールに対する偏見や(わだかま)りも解け始めていく。

 王甥ではあるが、ただの一人の人間で年相応の男の子であることを皆も少しづつ認識していった。権威を振りかざしたり、暴言を吐いたりはせず、皆のために進んで動く姿は献身的で、人柄の良さを感じとれる。

 だが、一人だけそんなヴァールの人柄の良さに当てられても頑なに心を許すものかと思う奴がいた。

「私は認めません。絶対裏があるはずです。聖人君子の様な人が王族なわけがありませんからね!」
「お前も本当(うたぐ)り深いよなぁ! 俺と初めて会った時を思い出すぜ」

 ヴァールを疑ってるビブリオテークにレッヒェルンが面白そうに話す。

「あの時はレッヒェが悪いんでしょう? 私のものを壊したのは事実ですから疑りも何もないですよ。……父上にヴァール殿下に近付けと言われましたが……私は仕えてもいいと思う方にのみ従うつもりです」
「俺は面白そうだから、相乗りするぜぇ!」

 そして二日目の薬草採集の日が来た。

「きゃぁ! 虫よ! ヴァールさまぁ、怖い〜! 取って〜」

 薬草採集の最中もヴァールは女子たちから色目を使われる。

「ほら、もっと虫付けてやるよ」
「ギャー! なにすんのよ! 最低! ヴァール様ぁ! 助けて〜!」

 あんまり執拗いのでグレンツェンが助けに入るが、助け舟の出し方がそれなので火に油を注ぐことになってしまった。

「皆、ごめんね。グレンも悪い奴じゃないんだよ。ほら、虫が寄り付かない魔法かけておいたからもう大丈夫だよ」

 ヴァールは内心やれやれと思いながら笑う。そして女子たちに魔法をかけたのだった。

「六種類中五種類集め終わりました。最後はマギーベーレ、通称魔力ベリーを探しましょう。直径二センチほどの赤いつぶつぶとした酸っぱい実です。日当たりがよく風通しが良い場所に生えるので、もう少し東にある丘辺りにあるかと思われます」

 テキパキと自身の知識を駆使しながら指示するビブリオテークは頼もしく、ヴァールは父親であるヴァイスハイトをふと思い出す。

 ビブリオテークに言われた通り、東と思われる道へ進んでいった。しかし、段々と道は険しくなり、傾斜も大きくなる。

「おかしいね……。全然丘に着くどころか、山道に入っていってる気がする」

 困ったとばかりに額についた汗を拭いながら、ヴァールが苦笑いをした。

「まさか……迷ったのか?!」
「今まで来た道を戻れば大丈夫かと思われるので、戻りましょう」

 焦るレッヒェルンにビブリオテークがフォローを入れる。

 しかし戻ろうとしたその時、黒い影が八人を覆った。そしてけたたましい耳をつんざくような轟音(ごうおん)が鳴り響く。振り返ると、十数メートルの赤黒い鱗に包まれたドラゴンが八人を眼光鋭く睨みつけていた。

「こいつは?!」
「高等魔獣のドラゴンの一種『ブルート・ザオゲン・ドラッヘ(吸血竜)』だ! 通称BSD。他の吸血魔獣と違って、一度獲物に吸い付くとその獲物が干からびるまで飲んでしまう死神竜だよ。魔獣辞典には三メートル近くと載ってるけど、このBSDは目測十五メートルくらいだ。何らかの理由で生まれた奇形だろうね」

 グレンツェンは隣にいた主人に問い、ヴァールは自分を落ち着かせるためにも、目の前のモンスターについて事細かに説明する。

 ヴァールは震えて縮こまってる女子たちを一瞥し、男子たちに提案した。

「女子たちを僕が転移させる。だけどそうしたら僕は魔力を使い果たしてしまう。グレンツェンの魔力量なら僕だけなら一緒に転移できると思うけど、君たちはここから転移魔法出来るかな?」

 生徒の中にはまだ魔力が成長しきれてない子も多くいる。転移魔法陣外での転移は、魔方陣内の転移より難しく魔力も膨大に消費するのだ。なので転移魔法をする時、既存の魔法陣を使うのは魔力を最小限に抑えるという働きもあった。

 そして転移魔法は日々改良され、以前は魔法をかけるものが接触してないと他のものを転移出来なかったが、接触してなくても転移させることが出来るようになる。これはヴァールの叔父である現王ゲニーが魔法を改良したもので、今様々な生活に活用されていた。

「俺は魔法陣使わないと転移出来ねーな! ビリーなら俺と一緒に転移できると思うぜ? でもよぉ、コイツ倒したらカッコよくねーか?」

 レッヒェルンは肩をぐるりと回し、指をポキポキと鳴らす。

「おま! 馬鹿なこといってんじゃねーよ!」

 レッヒェルンのあんまりもの発言にグレンツェンが大声を出した。

「かっこいいかは分かりませんが……。コイツを倒せば何かしら配点は貰えるかと思います。なんせ奇形ですからね」

 好戦的なレッヒェルンとビブリオテークの発言を聞いて、説得し転移させるのは無理だと思ったヴァールは女子四人だけでもと、(うずくま)る彼女たちに転移魔法をかける。転移先の座標は教師がいるロッジの目の前にした。そして女子たちは光に包まれ消えていく。

 魔力を膨大に使ったヴァールはその場に崩れ落ちた。

「坊! くそっ! なんで俺らが残んなきゃいけねーんだよ! このバカ二人だけ残して行こうぜ?!」
「ダメだよ……。友達は残していけない……」
「くっそ! 分かったから! 坊は魔力回復するまでそこで寝てろ!」

 ヴァールは何かの時のためにと母デーアに持たされた魔力回復グミを頬張る。このグミは消化が進むと魔力も回復するようになっているのだ。

 BSDは心臓に埋まってる核を破壊すれば倒せる。目の前の規格外に大きいこのBSDを倒すためには、チーム戦をするしかないことは分かるはずなのに、仲の悪い四人、もといヴァール以外の三人は個人で挑もうとしてしまった。

「おりゃああああ!!」

 まずレッヒェルンが剣で切ろうとしたが、鱗が硬いBSDには歯が立たず、しっぽで体を叩きつけられてしまい、利き腕の右腕と左足を骨折してしまう。

「ベヌツエン・ツァオバー・ドンナー(雷)!」

 次にビブリオテークが魔法を詠唱し、難易度の高い雷を出現させ、雷撃でBSDを攻撃した。しかしその硬い鱗は雷も通用しない。一旦後ろへ下がろうとしたビブリオテークはBSDの鋭い爪で背中を切りつけられてしまった。爪には毒があって、ビブリオテークはその場で(うな)り、蹲る。

 骨折し倒れてるレッヒェルンと血を流して蹲って唸っているビブリオテークを庇いながらBSDを倒していかなくてはいけなくなり、グレンツェンに後衛を頼み二人をシールドで守ってもらいながら、少し回復してきてたヴァールは前衛として剣で切り込んだ。鱗と鱗の間を狙い、小刻みに刺していく。刺して肉が現れたところ目掛けてグレンツェンが雷撃を打った。

 しかしBSDが火炎を口から放ち、グレンツェンたち三人目掛けて放射したのだ。グレンツェンも魔力の限界がありシールドを三人分は張れない。しかし彼が殺られれば、シールドも解かれ二人も死ぬ。

「危ない!」

 そう言ったヴァールは咄嗟に身を呈して炎撃を受けた。庇ったせいで顔と体の全面に火傷を負ってしまう。

 火傷を負ったが、やっと魔力が回復したヴァールは剣に魔力を込めBSDの手足を切り落とし身動きを取れなくした。

 そして詠唱時間は長いが、高難易度の物体を木っ端微塵にする魔法を使い、BSDは塵となる。

「大丈夫? 無事でよかった……」

 ヴァールはボロボロになりながら三人に笑いかけた。そして最後の力を振り絞り、教師たちがいるロッジの前に転移する。

 それからレッヒェルンとビブリオテークは学園で魔法治癒士の資格を持つ養護教員に手当をされた。ヴァールは城で治療を受けるから自分は包帯だけでいいといい、包帯だけ巻いてもらう。痛々しく赤く(ただ)れた元は整ってたであろう顔を見て、女性教師は泣き出し、男性教師も可哀想という顔をした。

 城に帰宅し、包帯を外したヴァールの傷を見たアンジュは悲鳴をあげ、デーアは気絶しかける。ゲニーもヴァイスハイトもヴァールの痛々しい姿を見て驚愕し、すぐ無人島へ調査員を派遣した。

 後に調査して分かったのだが、原因は不明であるが奇形の一種で殆ど生まれない個体であることが判明する。そして森奧など未開発のところは一般人は勝手に行けないように規制する法律が施行された。

 ヴァールを治療する場にプリンツェッスィンもいて、痛々しい傷を負った愛する従兄に抱きつき離れない。

 普通なら跡が残ってもいいくらい深い火傷だったが、聖女であるアンジュが治癒魔法を施し治した。

 治癒してもらい、夕飯の前に自室へ戻ったヴァールは後をついてきたプリンツェッスィンと共にソファーに座る。

「ひっく……。兄様……。ひっく」
「ツェスィー、怖がらせてごめんね。火傷を負った僕の顔、怖かったでしょ?」

 へへへと困ったように笑うヴァールにプリンツェッスィンは泣き(すが)り、首をフルフルと振った。

「ヴァールお兄様のお顔は怖くありません。ただ、とても痛そうで、まるで自分が怪我をしたような気持ちになりました。ツェスィーは例え兄様のお顔が爛れようが、傷が付こうが好きですよ」
「本当? 良かった……。火傷を負ってツェスィーに嫌われたらどうしようって怖かったんだ。でも……一番怖かったのは死んでもう君に会えなくなるかもって思った時だよ……。死が怖いというより、君と離れ離れになるのが怖いんだ」

 BSDの火炎を受けるとき、ヴァールの脳裏にはプリンツェッスィンがいた。彼はただただ、彼女と離れることが死ぬよりも怖いことなのだ。

 思いにふけってると、プリンツェッスィンに服の袖を引っ張られ、目が合う。彼女は目に涙を溜め、口を少しだけ(つぼ)めた。ヴァールはキスを強請る可愛い仕草に応える。

「ん……。はぁ、ん……」

 生死の狭間から帰還したヴァールは、目の前にいる愛する人の唇を貪った。

 プリンツェッスィンの熱を感じられる幸せと、彼女の柔らかい体と匂いを体全部で感じていたくて愛する人の腰に手を回し、体を密着させる。

 ふわふわのプリンツェッスィンの体は、鍛えられたヴァールの逞しい体に優しく潰され形を変えた。

 息を吸い込むと愛しい従妹の香りがし、ヴァールの心が落ち着いてくる。

 表面上は平気そうにしていても、命の危機を感じる恐怖はヴァールの精神を尖らせていたのだ。

 普段より長いお互いを確かめるようなそれは、どんどん深くなった。

 もっと深く交わりたいと思ったヴァールは自身の舌をプリンツェッスィンの唇に押し当て、それを開いてと伝える。

 可愛いお姫様も直感的にその行為を読み取り、愛する人を導くかのように唇を開いていった。

 ぬるりとプリンツェッスィンの口内にヴァールの舌が入っていき蹂躙する。可愛いお姫様も愛する人の舌に応え、一生懸命に絡めていった。

 気持ちが昂り、顔を赤く染めながら二人は荒い息をし、唇を重ねる。

 お互いしか見えない、感じられない程の愛しさを伝え合うキスは二人だけの世界を作り出し、プリンツェッスィンとヴァールは酔いしれた。

 愛する人とのキスに夢中になっていた二人だが、部屋の外からノックが聞こえてきて顔を上げる。

「坊〜! 夕飯だぜ! お邪魔だろうけど、行かないと」

 従者からの呼び出しに応え、ヴァールとプリンツェッスィンはキスをやめて、ダイニングルームに向かった。

 夕食の席に着いたヴァールに、ゲニーが口を開く。

「シュヴェールト家とシュトゥーディウム侯爵家から手紙が来てな。ヴァールに謝罪したいということだ。処罰はお前の一存に任せると言っている。明日から週末で学校も休みだろうが、早速訪ねてくるみたいだ」
「……分かりました」

 次の日、謁見の間にレッヒェルンとビブリオテークが入室した。玉座にはゲニーが座り、その横にヴァールが立っていて、入室した二人は王と王甥に跪く。

「この度は大変申し訳ないことを致しました。ヴァール殿下に命を救われたこと、生涯忘れません。どんな処罰もお受け致します」

 そうビブリオテークが言い、頭を垂れた。それに合わせてレッヒェルンもそうする。

「ヴァール、だそうだ」

 ゲニーは自分の甥に目配せをした。ヴァールはゲニーの視線を感じとり、口を開く。

「特に処罰は考えてません。友達を助けるのはごく自然の行為です。君たちが無事でいてくれたことが、何より嬉しいのです。顔をあげてください」

 大怪我を負ったヴァールから厳罰が下されると覚悟をしていた二人は拍子抜けた。

「それより、せっかく王城に来たから、一緒に遊ばない? お気に入りの場所に案内するよ」

 ヴァールはにこりと二人に笑いかける。

「なぁ、ヴァール様よ。別に処罰されても良かったんだぜ?」
「そうです。ちゃんと罪には罰を与えるべきですよ」

 綺麗な花々が咲き誇る花壇に囲まれた、砂場とブランコなどがある遊び場に連れていかれたレッヒェルンとビブリオテークは折角処罰を免れたのに、何故処罰をしなかったのかとヴァールを問いただした。

「別に処罰することではないかなと思ったから、処罰しなかった。友達だもん、助け合うのは普通の事じゃない? ……それじゃダメかな?」

 えへへと笑うヴァールの人の良さにとうとう二人は毒気を抜かれる。

「そもそも、私はヴァール殿下と友達になった覚えはありません」

 ビブリオテークはそう言い、腕を組みふいっとそっぽを向いた。まだ素直になれない彼は往生際の悪さを発揮する。

「友達だよ……僕が友達って思ってるから、友達なんだよ。友達は別に契約でもない。こちらが友達と思った瞬間から、友達なんだ」

 ヴァールのその言葉と笑顔はビブリオテークの心の氷を溶かしていった。侯爵家に生まれ、こうあるべきという親の圧迫になんとか抗おうともがいてた彼の心は(すさ)み、疑い深くなっていく。唯一心を許してるレッヒェルンでさえ、いつか裏切るんではないかと内心冷や冷やしていたのだ。

「ははは!! ヴァール様って面白いやつだなぁ! こんな欲がない奴初めて見たぜ! 親の職業柄、欲まみれの奴ばっか見てきて、欲がある奴の方がある意味分かりやすいから安心できたんだけどよぉ。ヴァール様みたいな奴もいいな! 俺は好きだぜ!」

 レッヒェルンは大笑いしながらヴァールに好意を寄せた事を伝える。

「ヴァール殿下……。貴方は人を疑うことを覚えるべきです。そんなんだといつか利用されて大怪我しますよ? 仕方ありません。人を疑わない貴方の代わりに、私が疑って差し上げます。友達を助けるのは当たり前のこと、なんでしょう?」

 いつも無愛想なビブリオテークは降参したかのように眉を下げ、心からの笑みを浮かべた。

 ヴァールは目を輝かせながら、グレンツェン以外に初めて出来た友達を見つめる。

「これからよろしくね」

 そしてヴァールは両手を出し、二人に握手を求めた。レッヒェルンはヴァールの右手、ビブリオテークは左手に手を添え握る。それは三人の固い友情が結ばれた、ある晴れた日の事だった。