時間になっても起きてこない二人に痺れを切らしたゲニーは、グレンツェンやシャイネンに止められながらプリンツェッスィンの部屋に入っていった。

 ゲニーはまだ寝てるのかと寝室のドアをバンと開け、少し説教しようと二人が寝ているベットを見る。
 
 そこにはゲニーの知らない美しい女性がヴァールの腕の中で、裸の姿ですやすやと寝ていた。その女性はプリンツェッスィンなのだが、彼女の成長した姿を初めて見て、ゲニーは驚く。

「ヴァール! お前ツェスィーを裏切ってどこの女と寝てるんだ?!」

 耳を(つんざ)く様な声でゲニーは二人に言いはなった。その声でプリンツェッスィンとヴァールは飛び起きる。

「え! お父様?! キャー! 出てってください!」
「お父様! この人はツェスィーです! よく分かりませんが、したら大きくなったんです!」

 ヴァールの発言にゲニーは一瞬固まった。

「は? ツェスィーなのか?」
「はい。ツェスィーです。何故か分からないのですが、大きくなりました」

 ゲニーは娘らしき人が困ったような顔をしたのを見て、まじまじと見つめる。

「……確かに、僕とアンジュを足して二で割ったような容姿と、アンジュのような体型……。そうか、ツェスィーか。ふむ。こう見ると本当にアンジュの娘なんだな。すっげぇそっくりだよ」

 ゲニーはあまりの驚きに威厳を見せる言い方から本来の言い方に戻りそうになった。

 まじまじとゲニーに見られ、プリンツェッスィンは恥ずかしくてもじもじとする。

「お父様、ツェスィーをやらしい目で見ないでください」

 ヴァールの表情はいつものように穏やかに見えるが、その目には怒りが満ちていて、周りは冷気に包まれたようになった。

「は? 僕はアンジュ一筋だよ。娘に欲情する犯罪者じゃない。ただ、本当にそっくりだなと思っただけだ」
「兄様、大丈夫です。お父様が欲情するとこんな目で見ません。お母様を見る目とは違います」

 プリンツェッスィンはとっさにフォローを入れる。

「どんな目だよ……」

 娘のフォローは有難かったが、あまり嬉しくないフォローの入れ方にゲニーは苦笑いをした。

「分かりました、まあいいです。お父様、何故このようになったのでしょうか?」
「お前……ツェスィーと結ばれた途端夫気取りかよ……。まあいい。ツェスィー、体を見させてもらうぞ」

 ヴァールの発言に呆れ、ゲニーはため息をつく。

「いやらしいことしたら、僕は本気でお父様を殺りますからね」
「するわけないだろ! 夫未満は黙ってろ!」

 そしてプリンツェッスィンの手首を触った。魔力の流れを診るためだ。

「魔力の流れはツェスィーそのものだ。ただ、魔力数値は上がってるだろうな。他に何か変わったことはないか?」
「ツェスィーが大きくなる際、光り輝きました」
「光り輝いた……? まさか……」

 魔法で短剣を作り出したゲニーは、自らの腕をそれで切りつけた。血がダラダラと垂れる腕をプリンツェッスィンの方へ差し出す。

「ツェスィー、これを治してみろ。傷口が完全に塞がり、傷痕すら残らないイメージだ」

 魔法を施すときはイメージが大切で、想像力が高い者の方が己の魔力を最大限に操れるのだ。

 元々魔法が得意なプリンツェッスィンは治癒魔法もある程度は出来る。ただ、傷痕を完全に無くすほどの高度なものはアンジュのような聖女でないと扱えないのだ。

「傷口が完全に塞がる……塞がる……。ベヌツエン・マギー・クーア!」

 プリンツェッスィンは瞳を閉じて、治癒魔法を詠唱した。

 その場は光り輝き、たちまちゲニーの腕の傷が治っていく。見事傷は治り、傷痕すら残っていなかった。

「……これは僕の仮説だが、ツェスィーは膨大な魔力を自然と制御してたんじゃないかな。魔力は人体に多大なる影響を与える。それは良くも悪くもだ。ツェスィーの体が本能的に自身を守ったんだろう。だから制御していたせいで、体が大きくならなかった。そして、膨大な治癒力……聖女レベルの治癒力も封印されていた……」

 ゲニーは不安そうにするプリンツェッスィンの頭をポンポンと撫でる。

「まあ考えてみればそうだよな。だって魔力数値が測れないほど魔力が高過ぎる僕と、聖女であるアンジュの娘なんだから!」

 あははと明るく笑うゲニーを見て、ヴァールは肩の力が抜けた。事細かに悩む性格のヴァールとは正反対の楽観的な叔父は彼の憧れの人でもある。本当の父のように思って慕ってるのだ。

「ずっとその姿のままなのかな?」

 ヴァールはチラリとプリンツェッスィンを見る。

「……兄様は前の小さな私の方がいいですか?」

 プリンツェッスィンは上目遣いで愛しい人を見つめた。

「え? どっちも好きだよ?」
「どっちかといったら?」
「だから、どっちも。ツェスィーならどんな姿でも好きだよ」

 何を当たり前なことをと言わんばかりにヴァールは言い、そして愛しいお姫様に笑いかける。

「また小さくなれるのか?」

 ゲニーは二人の甘い雰囲気を無視し、興味津々にプリンツェッスィンへ問うた。

「分かりません」
「よし、ツェスィー。小さくなるイメージをしろ。そして、物体を小さくする魔法を詠唱してみろ」

 いいことを思いついたとゲニーは娘を促す。

「クライン!」
「元のツェスィーに戻った!」
「いやぁ、こりゃすげぇわ!! 今度お前で研究させてくれ!」

 小さくなったプリンツェッスィンを見てヴァールは驚き、ゲニーはわくわくとした顔で娘にお願いをした。

「お父様! ツェスィーで遊ばないでください!」
「遊んでねぇよ! ただ単純に研究心に火がついただけだ! じゃあツェスィー、今度は大きくなってみてくれ!」
「グロース!」
「すっげぇ!! はぁ〜、世の中はまだまだ不思議なことがあるんだな! 僕王位をヴァールに譲ったらずっと研究職でいようかなぁ」

 もう全く威厳のある言い方から元の話し方に戻ったゲニーは未来のことを考えほくそ笑む。

「お父様、王様辞めても公務はありますよ?」
「公務は合間を見てやるから大丈夫だって」

 そして娘に注意されるがニヤリと彼らしい笑みを浮かべた。

「では支度してから行きますので、お父様は先に行っていてください」

 ヴァールはゲニーに部屋から出て行けと言い、大人しく彼は部屋から出ていったのだった。



 着替え終わったプリンツェッスィンとヴァールが朝食の席に着くと、ゲニーとヴァイスハイトが床に正座で座らされていた。

 前にはパンとミルクという質素な朝食があり、おぼんに乗っている。

 どうしてとデーアに聞くと、ヴァールがツェスィーを寝てる時に抱くという行為を誘導したことを反省してもらうためと言った。

「ツェスィー、体は大丈夫?」
「どこも痛くないわよね?」

 アンジュとデーアはツェスィーの体をいたわる言葉をかける。

「ヴァール、何椅子に座ってるのかしら?」
「兄様もあちらです」

 デーアに冷たい眼差しで言われ、ツェスィーからもゲニーたちと床に正座しろと促された。

 繋がれたのは嬉しかったが、初めてを寝てる間に奪われムードも何も無いと指摘され、大人しく父親たちの横に同じように座る。

「妻に逆らえないのはアルメヒティヒ家の呪い……」

 グレンツェンは哀れみの目で男三人を見て、苦笑した。

 正座して足が痺れ、プルプル我慢してる男三人を見た女三人はコソコソと話し出す。

「やん! ゲニー可愛い! つらそうな表情のゲニーもかっこいい!」
「ヴィーも平然を装ってるつもりでいるのが可愛いわ! 苦悶に満ちた表情すっごく色っぽい……」
「ヴァール兄様はどんな表情も素敵です! はぁ……あの腕に昨晩抱かれたのですね」

 そうして目をランランに輝かせながら男三人を見ていた。

「旦那らも変わった趣味してますよね〜。夫が苦しんでるのを見て目を輝かせてるんですよ?」

 グレンツェンは怖いもの知らずに王族を揶揄う。

「可愛いから」
「ああ」
「可愛いから許しちゃうかなぁ」

 ゲニーとヴァイスハイト、ヴァールはきゃっきゃっと楽しそうにコソコソ話をする妻たちを見てデレデレしながらそう言った。

「破れ鍋に綴じ蓋夫婦か……」

 グレンツェンは呆れながら、ため息をつく。

 男三人のお仕置が終わり、食事を終えた六人はテーブルを囲んだ。

「さて、ヴァールにはお仕置として建国記念日の創立祭までツェスィーと致してはダメだ」
「「えぇ?!」」

 ゲニーの発言にプリンツェッスィンもヴァールも目を白黒させる。

「その代わり、結婚式は来週にはやるぞ! 婚約発表は今日だ! 忙しくなるから心しておくように!」

 新婚なのに初夜も出来ないのかと肩を落とすヴァールにゲニーは耳打ちした。

「本番はなしだが、本番以外ならいいからな」
「本当ですか?!」

 ヴァールはガバッと顔を上げ、喜ぶ。

「ああ、だが本番はしない方がいいぜ。きっと後で後悔するぞ」
「分かりました……?」

 ゲニーは意味深な言葉を残し、ヴァールはよく分からないと首を傾げるのだった。