十七歳になり、ヴァールは少しずつゲニーの公務の手伝いをするようになった。その日も手伝うためにゲニーの執務室に入ると、奥の小部屋で叔父と父親の話し声が聞こえる。

 二人の居る方へ歩を進めようとしたら、ゲニーとヴァイスハイトのある発言が聞こえてきた。

「アイツら仲良いけど、あれ以上仲良くなるのは頂けねぇな」
「ああ、危険だ。なぁ、今からでも言った方がいいんじゃないか? 別に今まで必要ないと思って言わなかっただけで、隠すことではない」
「……うん。でも少し待って。別に言ったからどうってわけじゃねぇし? 別にまだ子供なら間違いも起きないだろうし……。でも、何か申し訳なくなるな……」
「ああ。もしアイツらが想い合ってたらこんな残酷な事はないだろう。俺たちが双子で、その妻たちも双子なせいで、アイツらは従兄妹なのに遺伝子的には兄妹とか残酷にも程がある」

 ヴァールは父親たちの会話を聞き、わなわなと震える。目には涙が溜まっていき、今にも零れ落ちそうだ。泣くのを我慢できなくなり、自室へ向かってかけ出す。

 自分の部屋のドアを勢いよく開け、中に入りバタンと大きな音を立てて閉めた。そしてその場に崩れ落ち、目に溜めていた大粒の雫を流す。

「うああああ!! ツェスィーと僕が、兄妹?! 何故?! 従兄妹なのに!! 何で!! 何でだ?! ツェスィーと僕は従兄妹だ!! 何で……何でお父様とお母様たちは双子なの? ツェスィーとは……ツェスィーとは……結ばれないの? こんなに好きなのに……愛してるのに……誰か嘘と言ってよ!! うああああ!!」

 床を思いっきり叩くヴァールの叫び声が聞こえ、どこから聞きつけたのかグレンツェンが主人の部屋に勢いよく入って来た。

「坊! いきなり入るが怒るなよ! うぇ?! 叫び声が聞こえたと思ったら、何泣いてるんだよ?!」

 心配そうに駆け寄るグレンツェンを見て、ヴァールは更に涙を流す。目の前の自分を案じる昔からの親友の胸に顔を埋め、ぽつりぽつりと話し始めた。

「ツェスィーは……妹だった……。僕たちは兄妹なんだ……」
「は?! え?! まさか! あの四人の内の誰かと誰かが浮気したのか?!」
「違う……。あの四人は浮気なんかしないよ……。お互いを深く愛し合ってるただの二組の夫婦だ。……ただ、双子同士なだけだ……。双子同士の子供は、従兄妹でも遺伝子上は兄妹なんだって……。だから僕はどう頑張っても、どう足掻いても、ツェスィーと結婚出来ない! ツェスィーが他の男のものになるのを指を咥えて見てなきゃいけない! 僕はどうしたらいいんだ?! 正解が何も分からないよ!」

 こんなに自分の仕える主人が泣いてるのを見たことがないグレンツェンは胸が引き裂かれたように苦しくなる。そして暫し考え、口を開いた。

「坊、兄妹ってのは紛れもなく本当なのか?」
「父上が言ってるんだから嘘ではない」
「そうか……。なぁ。兄妹って何で結婚出来ないんだ? 何か問題でもあるのか?」

 法律に疎いグレンツェンでも一応兄妹、三親等内の婚姻は違法なのを知っているが、何でかは特に気にかけた事がない。純粋に何故いけないか、ヴァールに問うた。
 
「えぇ……? 血縁が近い者同士の子供は劣性遺伝子による遺伝子疾患が表面化しやすいんだ」
「もう少し分かりやすく言えよ……」
「つまり、病気を持った子が生まれる可能性が高いんだよ」
「ふーん」
「いや、ふーんって!」

 何だと言わんばかりのグレンツェンに対して、ヴァールはもやもやとする。

「じゃあ子供作らなきゃいいんじゃね?」
「そういう訳にもいかないよ! 倫理的にもタブー視されてるんだから! 大体好きな子と結婚できたのにしないとか絶対無理だよ!」

 すると、トンと人差し指をヴァールの額に当てたグレンツェンが目の前の主人を見つめた。

「坊と姫さんは従兄妹だ。それは紛れもない事実。ただ〝遺伝子上〟兄妹なだけ。じゃあどうしたらいい? 遺伝子上兄妹(それ)でも絶対健康な子が生まれるようにすればいいだけじゃん。俺たちには何がある?」
「え?」

 グレンツェンが不敵な笑みを浮かべる。ヴァールはよく言ってる意味がわからないと言う顔をした。

「魔法だよ。ただ、周りを納得させるのは大変だと思うけどな。納得させられたら、坊の勝ちだ」

 とんでもないことを言い出す従者に、ヴァールは目を白黒させる。

「いや! それは! いや無理でしょ?!」
「無理かどうかは分かんねぇよ。王よりは劣るが、坊だって魔法作るの得意じゃん。出来ないって決めつけるのは良くないと思うぜ?」

 大胆不敵なことを言い、ニヤリと笑う目の前の従者は続けて口を開いた。

「ま、半分はジョークだけど……可能性がないって思って生きるより、希望を持って生きる方が楽しいと思うぜ」

 以前ヴァールに名前をつけてもらい、そして優しく接してもらい、生きる希望を見出してもらったグレンツェンは、そのまま命の灯火が消えてしまうような絶望の淵にいる主人にも、希望を見出して欲しくてそう言うのだ。

「グレン……。そうだね……。成し得るかどうかは分からないけど、まだ少しばかりツェスィーの隣にいてもいいのかなって思えたよ。ありがとう、グレン!」
「どういたしまして! 頑張れよ、坊! あ、あと……兄妹という(この)こと、姫さんと……あとシャイネンは知ってんのか?」
「二人は知らないと思うけど……」
「姫さんは良いとして、シャイネンが知ったら……坊、確実に殺されるな。せめて血肉が残る殺り方ならいいんだけど」

 プリンツェッスィンとキスや愛撫をしてることは従者二人も分かりきってることであるが、シャイネンに至ってはヴァールがいつか彼女を娶るというのを前提として本人同士が同意してるから許してるだけで、それが無理なのに致してると知られれば殺されても文句は言えない。

「アイツも俺もいつ主人の敵を殺れるか鍛えられてるからな。ま、生憎(あいにく)王や主人たちの恩恵で一人も殺したことないけど」

 グレンツェンはいつの間にか手にナイフを持ち、器用にクルクルとそれで遊んでみせた。

「グレンが人を殺めないでいいような国に、世界にするから」
「期待してるぜ! 未来の王様!」
「え?! 僕がなるの?!」
「は? ならないでどうやって姫さんもらうんだよ」
「いや……確かにそれはそうなんだけど……。人には適材適所というか。僕は人をリードしていくの苦手だし……」
「上に立ってリードするばかりが王じゃないと、俺は思うぜ。国民と同じ目線に立って、苦楽を共にして、自分の事のように相手のために動く。坊の得意なことなんじゃない?」

 グレンに自分の長所を言われ、嬉しいが少し恥ずかしくなるヴァールははにかむ。

「うん。僕この国の王になるよ。国民を、グレンを、そしてツェスィーを幸せにするために」

 まだ不安要素はあるが、何とか困難を切り開こうと足掻いてみせるとヴァールは心に誓った。



 その頃、父親たちはまだ話を続けていた。ゲニーは暗い顔をして、ポツポツと話し出す。

「間違いがないことを願うことしか出来ないのは、親としての不甲斐なさを感じるよ。ヴィー……僕たちはどうしたら良かったのかな……。アンジュと結ばれて、ツェスィーを授かったのは嬉しかったけど……そのせいでその子たちが苦しむことになったら……」

 暗い顔をする弟の発言を聞き、ヴァイスハイトはやれやれと溜息をつく。

「ゲニー、お前って本当にたまに途方もなく愚かになるな。昔は稀代の天才魔法使い、今は世界一の天才魔法使いと言われるようになったのにこれか……」
「流石に傷付くぞ?」
「そうか? だが謝るつもりはない。愚かなのは本当のことだからな」

 ヴァイスハイトは弟を一瞥した。そして、少し遠くを見つめる。

「ゲニー。もう起きたこと、してしまったことに対して、ああだったらこうだったらという構想、いや空論をするのは、とてつもなく愚かで無駄な事だ。そんな変えられないことに対して、しかも反省から学べることでもないことで悩む時間があるなら、他の有意義なことに使え。過去は変えられないが、今からのことは変えられる。その変えられない過去だって今の考え方一つ、見方一つで起きた出来事は変わらないが、捉え方自体は変わるんだ。ツェスィーとヴァールが愛し合ってるかも不確かであるし、俺は……色んな文献を読んだが、あの研究結果に疑問を持っている。俺とお前は遺伝子的にクローンとは思えない。見た目も、中身も。強いて言うなら兄弟どまりだ。それはデーアとアンジュも同じことだ。あの二人は似てはいるが、姉妹程度にしか似ていない。本当にあの研究結果は正しいのか……それから検証する必要がある気がするんだ」

 目の前の腕を組みながら考える兄をみて、ゲニーはふにゃりと笑った。

「ヴィー……。本当、ヴィーってやっぱ兄貴だよな」
「何当たり前のことを言うんだ? いつ俺がお前の弟になった?」
「いや、なんでもねぇよ。ヴィーが兄弟で、兄貴で良かったってこと!」
「ふっ、何を言うのか……。言っとくが、俺もお前が兄弟で、弟で良かったよ」
「そう?」
「ああ」

 この二人の双子の兄弟は、唯一無二の親友であり、そして幼い頃からずっと一緒にいた兄弟の存在の有り難さを共に噛み締めたのだった。