できるだけ質素な暮らしをしているように演じている。
決して目立たず、決して豪遊もしない。

そんなふうに隠れて暮らしてきたから、もう慣れていた。
そして頃合いを見計らって家に戻ったとき、案の定冨永はいた。

『あ、あの、お風呂掃除しておきました』
このときの冨永はまだしおらしかった。

廊下の床に額をつけて懇願までしてきた。
これが全部演技ならすごいなと関心したものだ。

おそらく、冨永が男に聞かせた借金とか離婚の話は本当だと思う。
じゃなければあんなボロい家にわざわざ戻ってくる必要はなかったはずだ。

冨永は本当にあの家に戻ってくる他はなかったと見える。 
だからといってすんなりと家にいさせてやるわけにはいかない。

そんなことをすればこちらの思惑がバレてしまう。
あくまでも男はこの家の住人であり、冨永は突然現れた非常識者。

それを貫かないといけない。