一軒家の平屋は街から少し離れた寂しい場所にあった。
周囲に民家はポツポツとしかなくて、コンビニへ行こうにも車で20分はかかるような場所だ。

近所は山に囲まれていて毎日のように猟銃の音が響いてくる。
その度に驚いた鳥たちが木から飛び立って青い空を逃げ惑う。
築年数30年以上は経過していそうな平屋の前に小沢太一は立ち、かかったままになっている表札を見た。

木製の表札は木の劣化がはげしかったが、かろうじてその文字を読むことができた。
富永と書かれている。
以前、何年も、もしかしたら十何年も前にここに暮らしていた人の名前だ。

太一は表札に手を伸ばして外そうとしたけれど、途中で止めた。
ここにはもういない人の名前だけれど、そんなにすぐに外す必要もない。
自分の表札もまだ作っていないのだから。

男のひとり暮らしということで、鍵の付け替えだって後回しにしていた。
ずっと放置されていた中古物件だ。
今更誰も来ることはないだろう。

こんなにのどかな場所は若者が暮らすには静かすぎるし、年寄が暮らすには不便すぎる。
好き好んで購入する人が現れるなんて、きっと誰も思わないだろう。