「私じゃなくても……前の学校に友達もいたよね。離婚なんてせずに……家族でいたかったんだよね」



それを誰のせいにもせず,頑張って受け入れたふりを……きっと,色んなところでしてきたんだろう。

友達だって言うなら,会えて良かったと少しでも思っているのなら。

隠さないで欲しい。

もっと自分の誇る仕事を,楽しんで欲しい。




「無理して嘘つくくらいなら。話したくないって,正直に言ってくれていいんだよ」




隠してくれたって,罪悪感を感じなくていい。

私が尋ねたのは,若菜くんが,辛そうだったから。

皆に平等に優しくて,私と初那くん以外とは必要以上に関わろうとしてないみたいだったから。

その違和感が今,目の前にあったから。

ただ,それだけなんだよ,若菜くん。

たぷんと,コーヒーが揺れる。

驚いていると,私の頭を囲うように両手を私の後ろに回している若菜くんがいた。

触れてない。

ふわりと,触れそうな距離で,ただ距離を近づけられている。

優しく慰めるみたいに。

若菜くんの匂いが香った。

近くて,甘くて,優しくて。

あまりに突然のことに,一瞬どきりとした。

恥ずかしさに,頬が染まるのを止められない。

男の子とこんな距離…



「大丈夫だよ,遥菜ちゃん。そんなに心配そうにしなくても,俺は大丈夫」



あやすように,優しい声が落とされる。

流石,効果的な使い方を分かってる。

私のためにその技術を惜しみ無く使ってくれている。



「俺はさーやっぱり。今も連絡取り合ってはいるけどさ。向こうのあいつらと卒業するつもりだったから,ちょっとショックだったし」



その,作り物でない切なさに,私は若菜くんのシャツを掴んだ。

安心して欲しくて,ちゃんと聞いていると伝えたくて。



「高校生なら大丈夫と思われたのか何なのか知らないけど……なんか知らんうちに離婚決まってるし……母親はあっさり俺を手離すし。もちょっと考える時間とか権利が欲しかったよなー」



あーあと,必死に軽く落とされる。



「悔しいよなあ」



だから,残った自分の誇りに。

声優と言う仕事にすがるように,たった1つのミスに心を揺らされたんだ。

他にも,若菜くんには沢山の人やものが,きっと残っているのに。

ぎゅっと,初めて自分から誰かへ抱きついた。

抱き締めるために,慰めるために。

私の頭に回すため,若菜くんの両手はがら空きで。

慎重も低い私がその背中に手を回すことはあまりに簡単だった。

無防備な若菜くんは1度硬直して,その後,呼吸を止める。

それでも,私は若菜くんから手を離したりしなかった。

若菜くんが何か言うまではと,抱き締め続けた。

やがて,若菜くんからも,やっぱりふんわり優しいハグが返ってくる。

触れる体温が温かい。