「大事な忘れ物しちゃったみたいで,それを届けにいくの。今はタクシーの中なんだ」
『は? 忘れ物? なんで遥菜が』
「私なら確実に学校にいるからね」
『そうじゃなくて』
どんな理由でも頼って貰えて嬉しい。
あんなに楽しんで見せてくれた若菜くんには,問題なくお仕事して欲しいから。
『……遥菜』
たった3文字落とされて,私はスマホが手から滑り落としてしまいそうな感覚を覚えた。
ドキンと心臓から,確かそんな音がした。
『あいつはメインキャストとしてあちこち呼ばれてるし,多分そろそろ顔出してイベントも始めるし,人気ある声優だけど』
どくどくと,血が巡る。
顔も見えないのに,どこか真面目に感じる真剣な声。
思わず,私は自分の口を空いた手で押さえていた。
『負けないから……1番は譲らない。…分かった?』
突然,話し手を私に戻される。
えっと変な声を出しながら,私は電話越しにうんと頷いた。
「どんなプロにも負けないくらい……初那くんは格好いいよ」
向こうから,息を呑む音がする。
「あっもちろん,声がね,声!」
多分その話だから,私は必要はないと思いながら訂正をいれた。
必死すぎたのか初那くん笑い声が聞こえる。
笑っ……てる。
恥ずかしいやら嬉しいやら,格好いいやら。
最近は気の抜けた笑顔なんて見せて貰えなかったから,やっぱり1番は嬉しさ。
さっきのは,若菜くんが友達だからこそ,だったのかな。
友達がすごい人だから,対抗意識……みたいな??
私の中の初那くんと,そのキャラクターにはズレがあって。
よく分からないまま首をかしげる。