放課後,初那くんに会う前にお手洗いに行くと,丁度教室へ向かい始めた時にスマホが振動した。

誰からだろ。

そう画面を開くと,相手はいそいそと帰宅したばかりの若菜くん。

お互いに1度も使ったことがなかった連絡先だけど,今はメッセージどころか電話が掛かってきている。



「はい,もしも」

『ねぇ遥菜ちゃん!? 初那とまだ学校だよね?!』

「あ,は……うん」



緊迫した様子が電話越しに響いて,私は思わず耳から遠ざけた。

珍しい,若菜くんがこんなに焦っているなんて。

だからこそ,そして敢えて私にかけてくる理由を想像しては私まで不安になる。



「ど,何かあった?」

『ごめん!! 一生のおねがい!!!』



私は声をひっくり返しながら返事をした。

大変だ,とその用件を聞いて走り出す。



ー台本を忘れた。



若菜くんからの連絡はそんなものだった。

今は現場に向かっている途中で,台本は昼休みにこっそり予習して引き出しにしまってしまったらしい。

若菜くんの指示通り,タクシーを呼んで幸いすぐに来たそれに飛び乗る。

と,突然初那くんからの着信がかかってきた。



「もしもし……?」

『もしもし。いや別に大したことはないんだけど』

「うん。今日はごめんね急に」

『いや,ただなんかあったのかなって』



心配してくれたんだと,じわり心に染みる。

ちゃんと説明出来ないまま一方的に学校を出てしまった。

その事を申し訳なく思ったけど,初那くんはそんなこと少しも気にしていないらしい。



「私じゃなくて……若菜くんがね」

『若菜?』



少し,声が低くなった気がした。

でも,機械越しだからかなと考える。

こんなときまで耳にとどく声は格好いい。

もちろん伝わってくる優しさも。