「遠……遥菜。これからは初那って呼ぶって言うなら,1回くらいやってもいいけど?」
その代わり,やったら帰れとでも言わんばかりに,高知くんはジトッとした目を若菜くんに向ける。
はいはいと,若菜くんは言葉なく肩をすくめて見せた。
一回だけ,条件付き。
それ,でも
「お願いします! う,初那くん!!!」
1冊しかない漫画は,2人で使うには狭い。
けれど,そうして始まった掛け合い朗読は……
私の解釈を極限まで再現した,神の領域だった。
「高知くんが……更に引き立って……流石です,若菜くん」
グッと,喉の疲れを見せない2人へ親指を立てる。
「あはは。別にそんなつもりじゃないけどな~」
「ええ,ふふ。冗談です。大也はヒロインとは結ばれないけど……前よりも好きになりました」
若菜くんとも,少しだけ仲良くなれた気がした。
「そっかそっか~。声優冥利に尽きるねー」
本当に嬉しそうな若菜くん。
こんなにすごい人が私のためだけにやってくれるなんて,夢みたいで。
私はもう一度お礼を口にする。
「遥菜,約束は?」
「あっ」
うっかり,自分がまた名字で呼んでいたことに気付いた。
だけど,別に今は若菜くんに向けて話していたわけで……
言い訳を考えるけど,うっと私は顔をしぼめる。
「ごめんね,初那くん」
こちらは時間をとって欲求を埋めて貰った身。
単行本を顔の前に持ち上げて,私は初那くんを見た。
初那くんはどうしてそんなに名前に拘るんだろう。
いつの間にか私まで本当に呼び捨てされているし……
もしかして,本当にもしかしてだけど。
私と仲良くなりたいとか……友達になりたいとか,思ってくれているんだろうか。
それは,とても嬉しかったけど。
この部屋だけの関係に名前をつけるのは,私にはまだ難しかった。
私達って,何なんだろう。
そうぼんやり考えながら,1日は更けていった。