「イレーネ……一体どういうことなのだ? 俺よりもブリジット嬢を優先して応接室で話をしているなんて……」

ルシアンはペンを握りしめながら、書類を眺めている。勿論、眺めているだけで内容など少しも頭に入ってはいないのだが。

「落ち着いて下さい。ブリジット様に嫉妬している気持ちは分かりますが……」

リカルドの言葉にルシアンは抗議する。

「誰が嫉妬だ? 俺は嫉妬なんかしていない。イレーネが、いやな目に遭わされていないか気になるだけだ。ブリジット嬢は……その、気が強いからな……」

「イレーネ様がブリジット様如きにひるまれると思ってらっしゃいますか?」

「確かにイレーネは何事にも動じない、強靭な精神力を持っているな……」

リカルドの言葉に同意するルシアン。

「イレーネ様は良く言えばおおらか、悪く言えば図太い神経をお持ちの方です。その様なお方がブリジット様に負けるはずなどありません」

メイド長が胸を張って言い切る。

「た、確かにそうだな……」

この3人、イレーネとブリジットに少々失礼な物言いをしていることに気づいてはいない。

「だいたい、ブリジット様の対応を出来るのはこのお屋敷ではイレーネ様しかいらっしゃらないと思いますよ?」

「ええ、私もそう思います、ルシアン様。本当にイレーネ様は頼りになるお方です」

メイド長は笑顔で答える。

「確かにそうだな……。だが、一体2人でどんな話をしていたのだろう……?」

首をひねるルシアンにメイド長が忠告する。

「リカルド様、女性同士の会話にあれこれ首を突っ込まれないほうがよろしいかと思います。そして自分の話をするのではなく、女性の話を先に聞いて差し上げるのです。聞き上手な男性は、とにかく女性に好かれます」

「え? そうなのか?」

「はい、そうです。詮索好きな男性は女性から好ましく思われません。はっきり言って好感度が下がってしまいます。逆に自分の話を良く聞いてくれる男性に女性は惹かれるのです」

「わ、分かった……女性同士の会話には首を突っ込まないようにしよう。好感度を下げるわけにはいかないからな。そして女性の話を良く聞くのだな? 心得た」

真面目なルシアンはメイド長の言葉をそのまんま真に受ける。
イレーネとの関係が契約で結ばれているので、好感度など関係ないことをすっかり忘れているのであった。

「では、私はこの辺で失礼致します。まだ仕事が残っておりますので」

メイド長はそれだけ告げると部屋を去っていった。
そして、それと入れ替わるかのように部屋の扉がノックされる。

――コンコン

『ルシアン様、イレーネです。本日、戻ってまいりました。今お時間宜しいでしょうか?』

イレーネの声が扉越しに聞こえた。

「何? イレーネ!? 中にはい……」

「はい! ただいま開けます!」

ルシアンよりも先に返事をして、飛びつくように扉を開けたのは他でもない、リカルドだった。

「まぁ、リカルド様もいらしたのですね? 1週間も不在にしてしまい、申し訳ございませんでした」

丁寧に謝罪するイレーネ。

「いいえ! どうぞその様なことはお気になさらないで下さい。でも確かに少々心配は致しましたが……それでいかがでしたか? 当主様の御様子は……」

「リカルド! 何故、お前が先に話す!? イレーネ、部屋に入ってくれ」

リカルドをいさめると、ルシアンはイレーネに声をかける。

「はい。ルシアン様」

イレーネは返事をして部屋の中に入ると、書斎机に向かって座るルシアンの前まで進み出てきた。

「久しぶりだな、イレーネ。 その……元気に……していたようだな。随分と」

ためらいがちにルシアンはイレーネに声をかける。その言葉通り、以前よりもずっとイレーネの血色が良くなっている。

「まぁ、やはりお分かりになりますか? あちらに滞在していた頃は、あちこち観光名所を歩いて回っておりましたので運動量も食事量も増えて、以前より健康になれたみたいです」

「そうか、それは良かったな」

「ええ、『ヴァルト』は景色も素晴らしく遊歩道が沢山整備されていたので歩くには最高の場所でしたわ。それに……」

イレーネの雑談は留まるところを知らない。ルシアンは自分の言葉をぐっと飲み込み、話を聞くのに徹底した。

メイド長に言われた「好感度」を上げるために――