イレーネとゲオルグは2人でガゼボの中で会話をしていた。

「イレーネ。君は本当に、あのルシアンと婚約しているのか?」

真剣に尋ねるゲオルグ。

「はい、そうです。私のことを当主様に認めていただくために1週間前から城に滞在しております」

(ゲオルグ様はルシアン様のいとこにあたる方。失礼な態度をとってはいけないわね)

丁寧にゲオルグの問に答えるイレーネ。

「認めていただくって……1週間も滞在しているってことは爺さんに気に入られているようなものじゃないか……」

ため息をつきながら、前髪をかきあげるゲオルグ。

「そうなのでしょうか? 本当にそう思われますか?」

ゲオルグの言葉に嬉しくなったイレーネは笑みを浮かべる。

「……それを俺に尋ねるのか? 全く君って人は……俺とルシアンの話は聞いているんだろう? 」

「はい、うかがっております。後継者問題が起きているのですよね?」

「そうだ、ルシアンは爺さんのお気に入りだからな。何と言っても取り入るのがうまい。結局祖父の心配事はルシアンが未だに身を固めないってことだ。だから俺を引き合いに出して、先に結婚した相手に当主の座を譲ると決めたのさ」

肩をすくめて投げやりに話すゲオルグ。

「そうなのですね」

イレーネは使用人が淹れてくれた紅茶を飲みながら、適度に頷く。

「だが、それでも俺にもチャンスはあるってことだろう。だから今、仕事を頑張っているんだ。それに新しい事業計画だって立てている。今日だって爺さんに呼ばれたからチャンスだと思ってここへ来たっていうのに……」

そして再びゲオルグはため息をつくと、イレーネを見つめる。

「? あの……何か?」

キョトンと首を傾げるイレーネ。

「今、分かったよ。爺さんが何故俺をここへ呼んだのか……つまり、ルシアンの婚約者になった君を俺に引き合わせるためだったのか。全く……イヤになるぜ」

「はぁ……」

適当に相槌を打つイレーネ。

(いつまでこのお話は続くのかしら……歩いて帰るからそろそろ帰りたいのだけど)

「君、俺の話を聞いているのか?」

「はい、聞いておりますわ。お仕事を頑張って事業計画も立てていらっしゃるのですよね?」

「ああ、そうだ。今日はこれからこの事業計画書を持って爺さんのところを訪ねるつもりなんだ」

得意げに背広のポケットを叩くゲオルグ。
この話を聞いてイレーネはゲオルグから開放されるチャンスだと思った。

「それでは、もう当主様のもとへ行かれてはどうでしょうか? お待ちになっているのではありませんか?」

「あ! そうだった! 君に会ったせいですっかり忘れていた! こうしてはいられない!」

ゲオルグは立ち上がると、イレーネに声をかけた。

「イレーネ嬢、君も城へ帰るんだろう?」

「ええ、その内に帰りますわ」

「なら一緒に帰ろう。馬車はあるのか?」

「いいえ、ありません」

首を振るイレーネ。

「何だ? 無いのか? もしかして辻馬車で来たのか?」

「いえ? マイスター伯爵のお城から、ここまで歩いてきました」

その言葉にゲオルグの目が丸くなり、イレーネを指差す。

「何だって……? あ、歩いてきたっていうのか? その姿で?」

「はい、そうですけど」

今イレーネが着ているのは足首丈までのデイ・ドレス。長距離を歩くような姿では無いもの歩き慣れているイレーネにとっては、どうということもなかった。

「信じられないな! 若い女性が供もつけずに、その姿であの距離を歩いてきたとは。まさか、帰りも歩くつもりだったのか?」

半ば呆れた様子でゲオルグは尋ねた。

「ええ、勿論ですわ。歩いてきたのですから、歩いて帰るだけです」

「いや、それは駄目だ。君のような若く美しい女性がそんな姿で歩くものじゃない。俺と一緒に馬車で帰ろう。第一危険だ。ルシアンだって爺さんだって心配するかもしれない」

「……そうですね。分かりました、ご一緒させて下さい」

流石のイレーネもルシアンとジェームズ伯爵の話をされて頷く。

「よし、それじゃ一緒に馬車で行こう。ルシアンとイレーネ嬢のことで色々聞きたいことがあるしな」

ゲオルグはニヤリと笑い……後ほど、彼は色々な意味で驚くことになる――